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「今年のフェスは、杉野も一緒に3人で行こう」
祐太郎が杉野と付き合って暫くした頃、俺に提案した。
高1の秋、毎年地元で行われてる音楽フェスに二人で行った。音楽の趣味が妙に合うから、楽しくて仕方なかった。だから、今年も一緒に行こうと、終わった直後に祐太郎が言っていたんだけど、それをこうもあっさりと変更された。
「はぁ?何言ってるんだよ。カップルにくっついて行くほど、俺は無神経な奴じゃねーよ」
「確かに、俺と杉野は幸せなカップルオーラを隠しきれないかもしれないけど、俺は祥磨とも一緒に行きたいんだよ。だから、ここは、俺のわがままを聞いてくれ」
手を合わせて、深々と頭を下げて、自分のわがままを通そうとする祐太郎は本当に面倒くさい。
「まぁ、俺はいいけど、杉野は俺の事キライだろ?ちゃんと説得できるのかよ」
杉野はあからさまに俺を嫌っていて、いつも睨まれる。
祐太郎の彼女じゃ無ければ、お互い、卒業するまで口も利かなかったんじゃないかってくらい俺の事がキライだと言う事は、ひしひしと伝わる。
杉野自身に何か悪い事をした覚えは無いんだけど、杉野の友達に悪い事をしたらしい。祐太郎から伝えられた俺の印象は、「菅野君は、チャラくて無理」だそうだ。チャラい覚えは無いけど、健全な男子高校生の俺は、それなりに彼女は欲しくて、来る者から好みの女子を選んでとりあえず付き合うが、段々ウザくなって別れる。というパターンを数か月に1回のペースで繰り返している。その中の「来る者」の中に杉野の友達がいたらしい。
「杉野にはサプライズでチケット用意しようと思うんだ」
「はぁ?何で?」
「杉野の誕生日が夏で、チケットが発売されてる頃だから、誕生日プレゼントにしようと思って」
「何だよその、気持ちの悪い計画的な誕プレは」
「なっ!最高だろ!誕生日プレゼントの先にも楽しみが待ってるとか最高じゃねぇ?」
祐太郎は細い目が無くなるくらい目を細くしながら目尻を下げて、気持ち悪いくらいニヤつきならがら自分の計画に酔っていた。
でも、それを実行することは出来なかった。
杉野の誕生日より前に、チケットの発売より前に、死んでしまったから。
ホント、祐太郎はこうなる事が分かっていて俺に話したのか?
「杉野を守ってくれ」とか、「フェスに3人で行きたい」とか。
勘弁しろよ。
俺はそう言うキャラじゃねーんだよ。
なのに、祐太郎の言葉に操られるように、俺は秋にあるフェスのチケットを2人分買ってしまった。
杉野の誕生日にカフェに呼び出して、チョコレートケーキにバースデーデコレーションをしてもらって出すと、杉野は目を丸くして驚いた。
「えっ?菅野君が?」
俺がこんな事をするキャラじゃないと分かっているから、正直に答える。
「祐太郎の計画だよ。俺に話した、杉野の誕生日プラン。取り合えず、恥ずかしいから早く蝋燭の火を消せ」
店内に客は少ないけど、火の付いた蝋燭が立っているケーキは目立つ。
おまけに、気を利かせた店員がバースデーソングを歌って、拍手したまま火が消されるのを待っている。
「ありがとうございます」
杉野は少し恥ずかしそうに店員や周りの客に頭を下げて、ふっ、と一息で蝋燭を消した。
パチパチパチ。
店のあちこちと店員から拍手が起こり、杉野はまた何度が頭を下げた。
「記念にチェキで写真、撮りますね」
店員に言われるままケーキを挟んで、杉野と二人で写真を撮られる。
二人ともぎこちないのが、かえって付き合いたてのカップルみたいに思われたのか、写真を渡される時に「頑張って」と小声で励まされた。
一応曖昧に笑っておいたけど、ちょっと前の俺なら睨んでいたかもしれない。
「私がチョコレートケーキが好きだってどうして知ってるの?祐君にそんな事、話したっけ?」
「そんなの知らねーけど、普段、チョコばっか食ってるの見てたら、チョコレートケーキも好きだろうなって事ぐらい予想つくんじゃね?
ってか、俺でも分かって来たし。杉野の機嫌取るには、とりあえずチョコとポテトを与えれば良いって」
「はぁ?私、そんな単純じゃ無いし」
「そうか。なら、俺が食べるわそのケーキ」
俺はカトラリーボックスに入っているフォークを持ってケーキに突き刺そうとしたら、皿ごとどけられて、標的を失う。
「これは私のケーキ。食べたかったら自分の分、頼みなさいよ」
杉野は厭味ったらしく言うと、見せつけるようにケーキを頬張った。
「~ん。美味しいぃ~」
さっきまで子憎たらしい顔だったのに、一瞬で幸せそうに眉を寄せる。
普段のちょっと不機嫌そうな表情とは全然違う、可愛い笑顔に目を奪われる。
あぁ、祐太郎はこういう所に魅かれたんだな。
じんわり胸に広がる温かい感情に、祐太郎の気持ちを勝手に重ねる。
杉野が幸せそうに食べる姿を見るだけで、何でか俺も嬉しくなって気が付いたら手を伸ばしていた。
「子供か。付いてる。」
杉野の口の端に付いているチョコレートクリームを指で拭った。
「なっ、何するの。そんなの自分で取れるわよっ」
杉野は大きな目を更に大きく丸めて、おしぼりで口を押えながら怒った。
「あぁ、悪い」
みるみる赤くなる杉野の顔を見て、俺もつられてぎこちなく謝る。
こんなの、今までの彼女たちにもやってきたし、何ならワザとクリームをつけた女もいたのに、こんな風に恥ずかしがられたら、こっちまで恥ずかしくなるだろ。
祐太郎と付き合ってたのに、これくらいの事、慣れてねーのかよ。
お互いが照れあっている気まずい空気を、グッドタイミングで変えてくれたのは、これも事前に頼んでおいた、山盛りのフライドポテトだった。
「お待たせしました。メガ盛り・フライドポテトです」
店員が俺たちの間に置くと、杉野がまた笑顔になった。
「ごゆっくりどうぞ。」
店員がテーブルから離れると、杉野が笑顔を無理矢理閉じて、澄ました顔で聞いた。
「これも、誕生日プレゼント?」
「あぁ、好きなだけ食え」
俺は杉野のころころ変わる表情が可笑しくて、笑いを堪えながらポテトの皿を差し出した。
「いただきます」
杉野は揚げたてのフライドポテトを添えられているケチャップに付けて頬張ると、ケーキを食べた時のように、幸せそうに眉を寄せた。
「美味しい」
今度は噛みしめるように、感想を言うと、フライドポテトとケーキを交互に食べ始めた。
「えっ?それ。味が混ざって気持ち悪くねぇ?」
見ているだけで、胸やけしそうになって聞く。
「はぁ?分かって無いな。甘いの食べたら、塩っ辛いの食べたくなるでしょ。で、塩っ辛いの食べたら、甘いのが欲しくなるのよ」
さも当たり前の顔をして言うけど、俺にはさっぱり理解できない。
俺は、甘いか塩っぱいかどっちかでいい。
まぁ、杉野がいいならそれでいいけど。
俺は唯一自分の為に頼んだアイスコーヒーを飲みながら、美味そうに食べる杉野を観察する。
いつか祐太郎が言ってた通り、澄ました見た目からは想像できない食いっぷりは、良いギャップだ。
祐太郎が杉野を好きになったポイントが、ようやく分かった気がした。
「これ」
杉野がケーキを食べ終わり、フライドポテトも半分ほど平らげたところで、今日の一番のメインイベントを始める。
俺はラッピングもされていないコンビニのチケット入れの封筒を差し出した。
「何?」
杉野は、不思議そうに封筒を開けると、チケットを取り出して首を傾げた。
「それがホントの誕生日プレゼント。そのフェス、祐太郎が杉野と行きたがってたんだ」
「2枚?」
また首を傾げた杉野は、俺を見た。
どうしてだ。
ただ、「一緒に行こう」って言うだけなのに、妙に緊張してきた。
杉野が俺と一緒に行きたく無い事ぐらい分かってるし、断られる事ぐらい想定してるはずなのに、何でこんなにドキドキするんだ。
俺は、心臓がドクドクうるさく鳴っているのを無理矢理無視して、いつも通りの俺を意識しながら、口を開いた。
「俺と杉野の2人分」
「菅野君と?」
杉野がまだ納得しない顔で俺を見るから、「イヤだ」と言われる前に、最後の切り札を出す。
「祐太郎が、3人で行きたいって言ってて。祐太郎が生きてても、どのみ3人で行く予定だったんだよ」
杉野の顔が少し曇った。
その小さな変化に、俺の心臓がキュッと縮こまる。
杉野がそんな顔するなら、「イヤだ」と言われる方がましだったかもしれない。
祐太郎を思って悲しむなら、俺を嫌ってくれてる方がましなのかもしれない。
「そう、分かった。ありがとう。じゃぁ、3人で行こう」
少し悲しそうに微笑みながら、杉野は言った。
「3人?」
「祐君はお化けになって来てると思って、3人で」
何だよそれ。
やっぱり、祐太郎がいないと、ダメなんだな。
「そうだな。祐太郎なら、お化けになって来るだろうな」
俺は、何でか少し寂しい気持ちで、自嘲的に笑った。
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