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 「この曲の、ここのギター、最高に震えるよなっ」  「おう。分かるか祐太郎。俺もそこだけ何回リピートしたか分かんなんわ。でも未だに、弾けねぇ」  「俺さ、この曲ピアノで弾いてみたんだけど、やっぱりここはギターじゃ無きゃしっくりこないんだよな。祥磨、早くギター弾けるようになれよ。早く一緒にやろうぜ」  好きなバンドが一緒だったり、好きな映画が一緒だったり、本当にあった的な怖い話がキライだったり。祐太郎と一緒にいる時間が増えれば増えるほど、お互いが共通する、「スキ」と「キライ」が見つかって、秋には二人で地元の音楽フェスに行ったりして。  何だかんだで、俺たちは楽しい時間を過ごしていた。  きっと俺一人じゃ、フェスなんて行かないし、何となく始めたギターも、GとFのコードで躓いて止めてただろし、怖い話は…二人でも無理だな。  祐太郎は譜面は読めないのにピアノが弾けて、耳で覚えた曲を俺の下手なギターと一緒に演奏したがった。  祐太郎の家のリビングに黒のアップライトピアノが置かれていて、俺たちは時々そこで演奏して遊んだ。  俺は勝手にアレンジした祐太郎のピアノが好きだったし、時々勝手に参加して来る祐太郎の兄貴の下手なボーカルも好きだった。  あんな、下手で騒がしいだけの自己満足の世界が、恋しくて。思い出すたびに、内臓をゆっくり握られるような苦しさと、冷え切った体に熱いコーヒーを流し込むような、じんわりとした熱が、涙腺を刺激するけど、俺は涙を止めるように奥歯を噛みしめる。  「凄い人。この人たちみんな、出演するバンドのファンなの?」  杉野は、「カジュアルでスニーカー必須。後、紫外線対策が必要なら帽子も」と、初めて行くと言うフェスの最低限のドレスコードを教えてやると、それをそのまま守った格好をして現れた。  黒のスキニージーンズに白のビッグサイズのロゴTシャツ。長い髪は一つにまとめて、茶色のキャップの後ろから出している。必須と言っていたスニーカーはちゃんとスポーツメーカーの物だった。  思えば、杉野と会うのはいつも制服で、それ以外の服を着ているのは見たことが無かった。  スキニージーンズとビッグサイズのTシャツは、杉野の華奢さがより強調されて、何でもない普通の格好なのに、可憐に見えた。  キャップに隠れた顔は髪を上げているせいもあってか、いつもより小さく見えるし、普段は髪を下ろしていて隠れている顔のラインがハッキリ見えて、露わになった白くて細い首は、少しの力で折れてしまうんじゃないかって思ってしまう程、儚げに見えた。  「えっ?この格好じゃマズかった?周りの人とそんなに変わらないと思うんだけど」  杉野は見とれている俺に、怪訝な顔で質問する。  俺は、見とれていたなんて絶対に知られたく無くて、被っていたキャップを被り直して、わざと嫌味に聞こえるように言った。  「あんなに、甘い物もジャンクフードも山盛り食べるのに、肉になんねーんだと思って感心してたんだよ。あのカロリーはどこで消費されてるんだよ」  「ねぇ、いつも思うんだけど、菅野君って素直に感想言えないの?そんな風に一捻りしなくても普通に『可愛いね』って言ってもいいのよ」  杉野は俺の誤魔化した気持ちを易々と読み取って注意する。  「はぁ?自意識過剰が過ぎるんじゃねーの?俺は祐太郎みたいに思っても無いのに『可愛い』何て言わねーんだよ」  「祐君は菅野君みたいに捻くれてないから、口にする言葉は全部本心だった」  その通り。  祐太郎は、馬鹿が付くほど正直者で、わがままで、自分勝手なヤツなんだ。  その祐太郎が杉野を「可愛い、可愛い」ってうるさい位言うから、俺はいつの間にか洗脳されていたのかもしれないな。  今日に限らず事あるごとに杉野を「可愛い」と思ってしまっているなんて、おかしいじゃねーか。  しかもそれは、社交辞令的に出る「可愛い」じゃ無くて、体の中から湧きあがり熱を帯びた「可愛い」で、そんな気持ちが俺の中から出て来るなんて、自分でも信じられない。  これは祐太郎の代わりを勝手に務めて来たために、俺の心が勘違いし始めているのか、それとも…。  なぁ、祐太郎。  お化けになってここに居るんなら教えてくれ。  杉野の為のプランはこのフェスまでしか聞いてないんだよ。  これから先、クリスマスも年末年始も、バレンタインもホワイトデーも。  一周忌も。  俺たちはどう過ごせばいいんだよ。  怖い話とかお化けはキライだけど、祐太郎ならギリOKにしてやるから、このフェスが終わるまでに教えろよ。    フェスはおろかLIVEにも行ったことが無いという杉野を気遣いながら、人ごみの中をドンドン前に進むことはせず、後ろの方で余裕のあるスペースを保ちながら、生の音を楽しんだ。  普段、どんな音楽を聴いているのか知らないし、吹奏楽部だった杉野がロックとか大丈夫かと、少し心配したけど、聞こえてくる曲に「これ、知ってる」とか「この曲、吹奏楽部で演奏したことがあるよ」とか「これ、祐君がよく歌ってたよね」とか。人ごみのせいか、大きな音のせいか、いつもより近い距離で顔を寄せ合って話をした。  ギリギリ触れない距離を保ちながら、他の客にぶつからないように時々腕を掴んで引き寄せたり、ダイブやモッシュに驚いて固まっている耳元に「前に行かなきゃ巻き込まれないから」と笑いながら解説したりして、杉野の反応がいちいち面白くて、楽しくて。  今日来た目的を、時々忘れそうになる。    祐太郎と3人で。  杉野が俺とここに来る条件を、祐太郎が好きな曲が演奏される度に思い出す。  終わりなんて来て欲しくないのに、青く晴れていた空は、赤からターコイズ・ブルーになり、ゆっくりと濃紺に変わって行った。  メインステージでのヘッドライナーの演奏が始まると、みるみる人が増えて来て、俺は杉野が飲み込まれないように肩を掴んで人の波に逆流する。  人が寄せ合わない程度まで後ろに下がり、演奏を聴いていると、祐太郎が好きで、よくピアノで弾いていた曲が流れ始めた。  ミディアムテンポのラブソングにも聴こえる愛の歌。  「この曲、祐君が…」  杉野はギリギリ聞こえるくらいの声で呟くと、真っ直ぐステージを見ながら胸の前で両手を握り締めた。  その横顔は、ここに居ない祐太郎を見ているようで、二人の時間を邪魔してはいけないと、一歩後ろに下がった。    「俺がピアノ弾けるって言っても信じないから、あそこのショッピングモールに置いてあるストリート・ピアノで演奏したんだよ。俺が好きなこの曲を。そしたらさ、俺の愛が伝わったんだな。OKしてくれたんだよ!俺と付き合ってくれるって、杉野!」  重大発表があると、夜に呼び出された俺は、祐太郎の家のリビングで、ピアノリサイタルを無理矢理聴かされながら、交際宣言を聞いた。  まさか杉野が祐太郎と付き合うなんて思ってもいなかったから、俺は今世紀最大に驚いて、兄貴が気を利かせて淹れてくれたコーヒーを盛大にこぼして、軽く火傷をした。  「あっちっ!いや、あっちぃけど、嘘だろ?ドッキリにかかったのか?からかわれたのか?あぁ!金が目当てなのか?」  俺は締まりのない顔で夢の中に居るように、何度も同じ曲を弾いている祐太郎の肩をブンブンと力いっぱい揺すって、現実に戻してやろうとしたけど、そんな事ぐらいではダメだった。  次の日から学校での様子を見て、本当だったと分かって渋々納得した。  二人はやたらめったらベタベタするわけでは無いけど、廊下ですれ違った時に恥ずかしそうに目を合わせたり、昼休みに一緒に弁当を食べたり、お互いの部活が終わるまで待っていたり。  普通のカップルが、普通にしてる事を二人は、恥ずかしそうに、幸せそうに楽しんでいた。  俺はようやく来た、祐太郎の春を邪魔しないように、遠目で見守りながら、ニヤニヤしてた。  杉野は最初っから俺の事を嫌ってたけど、俺は祐太郎の彼女になった杉野の事、キライじゃ無かった。むしろ珍しく、好感さえ持っていた。  祐太郎が好きになったヤツが、俺に目もくれず、祐太郎の事をちゃんと好きになってくれたんだって分かったから。  俺の大切な友達を幸せにしてくれる、いい女が現れたって思ったから。  間奏のギターソロが鳴くように響くと、俺は胸に広がる切なさが痛くて、思わずTシャツの上から胸を握った。  何でこんなに切なく聴こえるんだ。  前はもっと熱くなってくるような格好いい曲に聞こえていてたはずなのに、今日は切な過ぎて泣きそうになる。  俺は込み上げる気持ちを散らすように、視線を杉野の背中に移すと、小さく震えている事に気が付いた。  一歩近づいて様子を確かめる。  胸の前で握りしめていた両手は口元を覆っていて、漏れる声を押さえている。  キャップと夜に隠れた目元はハッキリ見えないけど、濡れている。  俺は、ボーカルの伸びる切ない歌声を聴きながら、空を仰いた。  そして、体が動くままに杉野のキャップに手を伸ばし、優しく撫でると、小さな頭を引き寄せて、痛くて切なくてビリビリと痺れている俺の胸に抱き寄せた。  杉野は抵抗することなく、俺の胸で、俺の前で初めて泣いた。  杉野の震える肩は、漏れる嗚咽は、Tシャツを濡らす涙は、俺の痺れる胸の痛みに熱を与え、その熱が体中に広がり始めた。  俺はその熱に浮かされるように、胸の中で泣いている杉野の顔を両手で包んで頬を濡らしている涙を何度も拭った。  大きな目に次々溢れる涙は拭っても拭ってもまだ溢れてきて、杉野の目に映っているのは誰なのか確かめたくて、真っ直ぐ見つめる。  情けない顔してるけど、そこそこイケメンな俺一人。  俺一人しか映ってない。  ここに居るのは3人じゃ無くて、2人だ。  そう思ったら、大きな目に吸い込まれるように顔を近づけた。  もう少しで触れる。  演奏が終わって、観客の大きな歓声で我に返ると、弾かれたように杉野から離れた。  俺が一歩しか退かなかったのは、俺の腕を杉野が掴んでいたから。  俺たちは歓声の中、一瞬より少しだけ長く見つめ合うと、手を繋いで会場を後にした。  いつかのように無言で、ただ隣に居るだけだけど、駅に着いて別れるまで、手を繋いでいた。  この日を境に、俺たちは連絡を取り合う事も辞め。祐太郎と杉野が付き合う前のようなただの同級生の距離感に戻った。  それは、どちらともなくお互いに、距離を求めた。    
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