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7
高台にあるお寺の奥に祐太郎が眠る墓がある。
先週、一周忌が終わったばかりで、墓前には少し生気が失われた花が供えられている。
俺が来る前に誰か来ていたらしく、線香が僅かに燃えている。
俺は祐太郎が好きなフライドポテトを袋から出して墓前に供えた。
線香なんて持ってきていないし、数珠も無い。でも、これくらいが俺たちらしいくていい。
僅かに煙る線香の向こうで緑川家の墓石に刻まれた名前をそっと指でなぞる。
祐太郎。17才。
確か、行年って言うんだってな。生まれた時には1歳って考えで、本当は17歳の誕生日が来る前に死んだから、祐太郎は永遠の16歳だな。
俺は今日で2つも年上だ。世間ではもう成人らしい。
どうだ。大人の愁いを帯びたイケメンになっただろう。
事実、女子から告られる回数も増えたしな。
でも、前みたいに適当に付き合ったり、面倒くさそうに断ったりはしてない。
告白するって、凄い勇気がいる事だって、分かったんだ。
こんな俺を好きになって、スゲー勇気を振り絞って伝えてくれてるんだって分かったら、適当にあしらうとか出来なくなって。ちゃんと「ありがとう」と「ごめん」を伝えてる。
そのせいかな。前よりみんなに、声を掛けられるようになった。
俺には祐太郎しかいないって思ってたけど、そう思い込んでいただけかもな。
でも、祐太郎の代わりになる奴は現れない。
まぁ俺は、それなりにやってるよ。
そうそう、杉野は元気だ。学校ではちゃんと笑ってる。
祐太郎の前ではどんな顔をしてる?
祐太郎が戻るまで、杉野の事守りたかったけど、振りまわしただけだった。
ごめん。
心の中だけで、祐太郎に話しかけて、謝った。
誰かが供えた線香が燃え尽きると、短く手を合わせて、お供えにしたフライドポテトを持って墓地を後にした。
毎月、何となく墓参りに来ては、話したい事だけ話す。そして余韻に浸るように、お寺の近くの小さな公園に立ち寄る。
今日も、そこの一つしかないベンチに座り、空にうっすらと赤みが差し夕焼けが広がりかけた空と、眼下に広がる街を眺めるでもなく見ながら、祐太郎に供えたフライドポテトを口に運んだ。
普段はあんなに存在感たっぷりにフライドポテトの匂いをまき散らしているのに、僅かな間に線香の香りをしっかり吸収して、変な味がした。
これじゃ、自称グルメな祐太郎は嫌がるな。次は線香が終わってから供えるよ。
何となく空を見上げて、詫びた。
1本、1本。腹が減ってる訳でも無いけど、冷めて線香の匂いが付いてしまった、美味くも無いフライドポテトを口に運ぶ。
祐太郎が生きていたら、揚げたてを店内で俺と奪いながら食べていただろうな。なんて思いながら、センチメンタルな気持ちを恥ずかしげも無く漂わせながら、黙々と食べる。
「菅野君」
名前を呼ばれて、感傷に浸りきっていた自分を誤魔化すように、緊張を走らせた。
「祐君のお墓参り?私も」
長い髪を下ろし、白のVネックのセーターを着て、手には何故かフルートを持っている杉野が、学校よりも少し近い微妙な距離感で俺に話しかけてきた。
「うん」
俺は一瞬だけ視線を上げたけど、直ぐに手元に戻し、短く答える。
「フライドポテト、祐君も、大好物だったよね」
杉野は俺の隣に座ると、段々と近い距離感になって話を続ける。
俺は、まだ緊張感を出しながら、口を閉ざす。
「私は、フルートの演奏をお供えにした」
祐太郎の死後、吹けなくなったフルートが、いつの間にか吹けるようになってたなんて、知らなかった。
久しぶりに話をするのに、毎日話しているかのように話す杉野に俺はどんな態度をとればいいのか分からず、相変わらず硬派な振りをして、残り少ないフライドポテトを口に運ぶ。
さっきまで「マズイ」と味がしていたのに、今はモソモソという食感しか感じない。しかも噛むことを意識しなければ、そのまま飲み込んでしまいそうだ。
「菅野君、せっかく良い顔になってきたのに、今は酷い顔に戻ってる」
杉野はいつものように嫌味を込めた言葉を俺にかける。
「はぁ?目、悪くなったのか?相変わらずのイケメンの間違えだろ」
何とかいつもの俺らしい言葉が返せると、少し緊張が和らいだ。
「自分の事、イケメンって言うところは、相変わらずいけ好かない」
「何だよ、ケンカ売ってんのか」
杉野の言葉に腹を立てたわけじゃ無いけど、杉野の調子に少し乗せられる。
「私とケンカできるの?あの日以来、私の事避けてるけど」
「避けてるのは、杉野の方だろ。あの日以来、連絡無いし」
「そうか。じゃぁ、お互い様だ。でも、避け合ってた時間も私達には必要だったと思う」
「必要?」
「そう。菅野君は祐君の代わりが出来なくなって、私は自分の気持ちに向き合えたから」
確かにあの日以来、俺は祐太郎の代わりが出来なくなった。いや、代わりじゃ嫌になった。
「嫌いだった菅野君と一緒に居る時間が増えて、イヤイヤながら連絡を取り合ったりして、少しづつ分かったの。祐君が何で菅野君の側にいたのか」
「えっ?」
「強がってる割には寂しがり屋で、イケメンなのに女々しい。おまけにクールぶってるけど感情が漏れちゃってて、それが意外と可愛いんだよね」
「は?やっぱりケンカ…」
杉野は急に立ち上がると、フルートを構えて吹き始めた。
誰もが聞いたことがある、バースデーソングのド定番。
柔らかいフルートの音が、俺の体全部を包む。
杉野は演奏を終えると、茫然と見上げる俺の目を真っ直ぐ見て言った。
「お誕生日おめでとう。これは、祐君からの最後のプレゼント」
「祐太郎から?」
「私にもたくさん菅野君の事話してた。亡くなる少し前に、菅野君の誕生日のサプライズに、祐君がピアノ、私がフルート、祐君のお兄さんが歌でお祝いしたいから、協力して欲しいって頼まれたんだから。当然、菅野君の事嫌いだから断ったけど、何度もお願いされて、最終的な答えを出す前に、亡くなっちゃったから、これが1年越しの私の答え」
「祐太郎が…」
祐太郎の、線のように細い目になる満面の笑顔が、変にアレンジするピアノが、自分のわがままをどんな事をしても突き通す図々しさが、一気に蘇り、俺の涙腺を揺さぶった。
去年は最悪のプレゼントだったのに、1年越しにサプライズって、祐太郎らし過ぎる。
目が潤んで来るのを隠す為、顔を逸らすと、急に頭を抱えられて、杉野の胸に抱きしめられた。
「まったく、何カッコつけてんだか。こうしたら顔見えないでしょ。だから、寂しくて、恋しくて、嬉しいって、泣いてもいいよ。ここには私しかいないから、秘密にしてあげる」
杉野は俺の頭を抱えて、トントンと優しく叩く。その温かい優しさが混乱している感情に溶け込んで、さらに涙腺を揺さぶるけど、痛い位に奥歯を噛みしめる。
本当はいつもみたいに捻くれた言葉を返したかったけど、口を開いたら涙がこぼれそうで、何も言い返せない。
「祐君、菅野君が大好きだった。友達の『好き』だって分かってるけど、私、嫉妬してた。なのに、焼きもち焼いてる私に言うの。『祥磨は強がってるけど、寂しがり屋だから、機嫌が悪くてもウザがっても側にいてやるんだ』って。その言葉の意味、祐君が居無くなって初めて分かった。菅野君、毎日酷い顔で私の前に現れるから、嫌いでも心配した。私が側にいてあげないと、祐君のところに行っちゃうんじゃないかって。私も、菅野君の事、守るつもりで側にいたんだから」
あの時、杉野が俺より酷い顔をしていると思い込んでたけど、俺も同じように酷い顔をしていたんだな。
クールな振りしてても、自分の事なんて見えてなかった。
杉野を守ってるつもりで、守られてたなんて、自意識過剰すぎて、カッコ悪い。
「祐君の事はまだ好き。きっとこれはこの先も変わらない。でもね、祐君がもういないんだって事を、この1年で思い知った。
1年。
この1年、私達は祐君の居ない世界で生きられた。だから、きっとこれからも、祐君の居ない世界で生きていける。これから少しずつ、祐君を思い出にしていこう」
祐太郎。
もう、帰っては来ないんだよな。
もう、隣に居ないんだよな。
もう、さよならなんだよな。
涙を我慢することにには慣れたハズなのに、杉野の体温と言葉が我慢を溶かした。
どれだけ強く奥歯を噛みしめても、目を閉じても、涙は溢れて止められなかった。
一筋、二筋。涙がこぼれたら、もうどうやっても止まらない。
俺は杉野に抱きしめられながら、声を漏らして泣いた。
祐太郎。
ありがとう。
祐太郎。
ごめん。
心で何度も何度も繰り返しながら、泣いた。
寂しくて、恋しくて、悲しくて。
会いたくて、泣いた。
涙は祐太郎への思いを吐き出させると共に、何重にも目隠しをしていた杉野への思いも露わにした。
祐太郎の大切な彼女なのに、祐太郎の代わりをするだけだったのに、祐太郎にちゃんと引き渡すつもりだったのに、杉野の意外なところを見つけると胸が小さく跳ねて、甘い痛みが広がる。
何でもない仕草が可愛く見えて、目が離せなくなる。
側にいなくても、連絡が無くても、気が付くといつでも杉野の事を考えてしまっている。
祐太郎、ごめん。俺は酷い友達だ。
祐太郎の大切な彼女を好きになった。
祐太郎を裏切る事はしたくないけど、止まらないんだ。
嫌いになりたくても愛おしくて、忘れたくても考えてしまう。
ごめん。俺、祐太郎から杉野を奪う。
涙でぐちゃぐちゃの顔を上げて杉野を見ると、杉野も静かに泣いていた。
俺は立ち上がり、両手で杉野の頬を包み、指で流れる涙を何度も拭った。杉野も細い指で俺の涙を拭いながら、泣きながら笑った。
「杉野。ごめん。俺、杉野が好きだ。祐太郎の代わりじゃなくて、菅野祥磨として杉野と一緒に居たい。
俺の彼女になって欲しい」
泣きながら告白なんて、情けなくて、カッコ悪い。
でも、今言わなければ、もっとカッコ悪い。
「そんなのね。あのフェスの時から知ってるわよ」
杉野も涙を流しながら、いつものように厭味ったらしく言葉を返す。
「ごめん。俺、告白とかした事無いし、なかなか勇気が出なくて」
俺は泣きながら、情けなく笑って言い訳をする。
「ホント、これだからイケメンはキライなのよ。でも、こんなに情けなくてカッコ悪いなら±0ね。仕方ないから、私の彼氏にしてあげる」
杉野は上から目線で答えると、俺の顔を引き寄せて、涙で濡れている唇にキスをした。
それは、フライドポテトみたいに塩っぱくて、チョコレートみたいに甘くて。
俺たちは一瞬よりも、もっと長く唇を重ねた。
了
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