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 「そんな馬鹿な。乱暴過ぎる」と慶史郎が憤慨した。  しかしそれを受けても五十嵐の反応は冷ややかだ。「しかし文子さんは『そうして欲しい』と強く望まれてわたしは『力を尽くす』と請け負ったんです。こちらがその遺言書です」とバッグから一通の封筒を取り出した。封は切られていない。何の変哲も無い一通の手紙が鉛よりも重い威力を持っているのは見るだけで分かる。  「封を開けていないのに何で内容を知っているんですか?」と史香が聞いた。  「わたしの目の前で作成されたからです」五十嵐はまたにべも無い。「最初に申し上げますがここに書かれていることは全て有効です。無効になさりたいなら改めてご相談に乗りますが」そう言葉を切る五十嵐の言葉と口調には敵意めいた軽蔑が込められている。善如も冷ややかな眼で史香や父母を見ている。いや違う。もっと苛立ちが混じっている。呆れだ。善如は史香たち三人に呆れている。史香は怒りを感じるよりも当惑し、困った。何故そんな感情を抱かれなくてはならないのだろう。会ってまだ一時間足らずだというのに?  「開けてください」と慶史郎が憮然と言った。それに五十嵐はぴくり、と眼を動かし封を切った。その中から五十嵐が引っ張り出したのは一枚だけだ。文子はその一枚にそれほどまでに史香たち三人に伝えたい内容と意志を込めた。分骨拒否の散骨は強硬だがそれよりも確固で意固地で有ることがあり得るだろうか?  「読み上げます」史香は生唾を呑み込んだ。「財産は全て慈善団体、医療機関に寄付し家族には一切遺さない。また小説、随筆、エッセイ、インタビュー等々全ての媒体で天野文子についていかなる記録も残すことを禁じる。ーーー以上です」  一瞬、という短い間、三人は言葉を出さなかった。出せなかったのだ。風変わりな遺言書だ。架空虚構世界ではそれが物語を始めたり、事件や惨劇の火蓋を切って落としたりするが、現実世界に具現化され、自分たちがそれを受け取ることになろうとは、と唖然とした。三人はそれぞれ作家だし、金にも生活にも困っていないがそれでも何も貰えないことに史香は受け入れられないものに対する反感と同じものを抱いた。  「遺留分は?」と史香が口火を切った。「例え全額寄付となっても私たち、最低額は受け取れますよね。そういう権利が有ると聞いたんですが」  五十嵐は史香を見た。「勿論遺留分は保証されますが寄付したのは亡くなる一年半前なので対象外です。例えその遺留分減殺請求権を行使しても原因は寝タバコですし、隣家の住人から延焼してしまった家の修復代を請求されていますので皆、それで消えてしまいますよ」
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