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史香は口を閉じた。文子の、死してなお根を張る意地の悪さに閉口した。同時に馬鹿な質問をしてしまった、とも思った。慰留分の有無を聞くなんてまるで金しか縁が繋がらなかった不和の家族みたいではないか。
「……何も書くな、とは」と慶史郎がまったく不可解、と言った体で呟く。それに善如はそっ、と眼を逸らす。
「そのままの意味だと思いますが」と五十嵐は慶史郎では無く、封筒に入れる手紙を見ながら言った。顔を上げて見えたその眼は冷たい。「文子さんは、『そんなことはあの三人にとっては造作も無いことだ』と仰っていましたが」その言葉に頼子は短い悲鳴をあげる。
慶史郎は頭を振った。「承諾出来ません。無効にして下さい」
それに五十嵐は驚く、というよりも呆気に取られたように眼を大きく見開いた。「無効ですか」
「当然です。第一そんなことを遺言書に指図されたくは無い」
「遺言書の効力は絶対です。最初にお話ししたように内容は有効です。それに遺言書はあなた方に指図をしているのでは有りません。『自分の死後にはこうして欲しい』と言う文子さんの気持ちを代弁しているだけです」五十嵐はそこで言葉を切って苛立ちながら首を振る。まるで慶史郎を、駄々をこねる子どものように見ては唇を歪な形に歪めている。本当は笑みを零したいのに、してはいけない場所と雰囲気に在るから必死に誤魔化すような動きをぴくぴく、と見せている。
「それに」と五十嵐は大きなため息を吐く。あなた方ご家族は今まで文子さんの為に何も出来なかったでは有りませんか。せめて最後ぐらい文子さんの願いを叶えて差し上げたらいかがですか?」その言葉は刑の執行で有り、執行開始の合図でも有った。史香たち三人はこの二十余年間、文子に対して何一つとして、してやれたことが無い。出奔して以来、頼りを寄越したことも無いのだから当たり前だ。他にどう出来た? 文子の自由意志で出奔したのだからそのままうっちゃっておくのが一番良かったのだ。幸にして文子は天野慶史郎、頼子の長女で史香の姉では有る、と文字の上では辛うじて縁が繋がっていたのだから……
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