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あっけない別れだった。
これでも、志歩さんのことを大切に世話していた。なのに、一言で済ましていなくなるなんて、あんまりではないか。
せめてもう少し湿っぽく、名残惜しさをかもし出してほしかった。俺のほうは、さよならさえ言えなかった。
「はぁ……」
ともかく、俺はまたひとりに戻った。
日曜日の午後、特に買うべきものもないが、暇なのでスーパーへ寄ってみる。
出し惜しみしたところで、今すぐに使う予定もない金だ。手当たり次第、目についたものをカゴに押し込む。
そうこうするうち、買い物カゴはいっぱいになった。ビニール袋2袋分。クソ重い。
彼女にフラれた時も、しばらく喪失感を引きずっていた。志歩さんを失った状況と少し似ているが、今のほうがずっと空虚に思える。
志歩さんはペットではなかった。
だが、独り身の人間がペットを飼うと結婚できなくなるというのは、真理かもしれない。
心の穴が埋まってしまう気がするからだ。
俺は、食べ切れない量のお菓子やビールを詰め込んだ袋を両手に、重たい足取りで自宅へ向かった。
社宅の下の駐輪場、いつもこの辺りで遊んでいる子供らがいない。昼飯時だからかもしれない。
俺はうわの空で歩いていると、何かに躓いてつんのめった。
ビニール袋が落ち、破けて中身が飛び出す。
「ってえ」
膝を擦りむいたのは何年ぶりか。大人になると、こうやって綺麗にずっこけることもあまりなくなる。
それはそうと、いったい何に足を取られたんだろう。
はっとして、己の左足首を確認する。
しっぽだ。またしっぽが巻き付いている。
「志歩、さん……?」
返事はない。当たり前だが。
「模様は似てるな。けど、違う……」
志歩さんと違うところ。
そうだ、俺が巻いてやった包帯がないのだ。
そして、ほんのわずかだがしっぽの色合いも濃い。
とすれば、このしっぽはいったい何者なのか。
俺は、しばらく考えて、猫魈のお吟の言葉を思い出した。
志歩さんは猫又だと言っていた。
猫又のしっぽは2本ある。
志歩さんはお吟に連れていかれてもういない。
ということは、今ここにいるのは、猫又の2本目のしっぽというわけだ。
言うなれば、志歩さんの双子の片割れみたいなものだ。
「えっと……しっぽさん」
何でこんなに緊張しているんだ。
「良かったら。一緒に帰ろうか」
しっぽからの答えはないが、逃げもしない。
今度は何と呼ぶべきだろう。
また、包帯を巻いてやるのがいいか。
できれば、志歩さんと見分けがつくように何か印をつけたい。
俺は、新しいしっぽを巻き付けて歩き出した。
今夜の晩酌が、少しだけ楽しみになった。
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