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志歩さんと俺が出会ったのは、季節の変わり目、春嵐が吹き荒れる日曜の午後のことだった。
俺は自宅から徒歩7分のスーパーへ買い物へ出かけて、唐揚げと、ビールと、冷凍食品を買って帰る途中だった。
何を考えて歩いていたんだっけ。
はっきり思い出せないが、仕事のことを考えながら歩いていたのだと思う。
銀行の渉外担当者だった俺は、昨年の10月に当時の上司から推薦を受けて、店頭サービス課の管理役職者になった。
つまり、まったく別の畑へ異動し、かつ、上席に昇格したのだ。
店頭サービス課のマネージャーなら、空きがあると言われから、思い切って部署異動を決意した。
渉外課に比べれば、ノルマもキツくないだろうし……ってちょっと舐めてた自分はいる。しかし、今は、そんな昔の俺自身を殴り飛ばしてやりたい。
とにかく、この仕事が、割と、地味にきつかった。
こうやって、うららかな休日の昼下がりにまで、頭を悩ませるほどに。
話が逸れてしまった。
俺はビニール袋を片手に、社宅のエレベーターホールまでやってきた。
そして、そこで遊んでいた近所の小学生の、妙な視線を感じたのだ。
(何だ? こいつら……人のことジロジロ見やがって)
未だ5階あたりを移動中のエレベーター。
早く来いとイライラしながら待っていると、件の小学男児から声をかけられた。
「おじさん、足にくっついてるの。なぁに?」
失礼な、俺はまだおじさんじゃない。
いや、37歳って、小学生から見ればおじさんなのか。まだ若いつもりでいたけど、おじさんやおばさんの境目っていくつなんだよ。誰か教えてくれ。
心の中でツッコミながら自分の足元を見て、ギョッとなった。
「ひえっ」
年甲斐もなく、高音で叫んでしまう。
俺の右足首に巻きついていたもの。
それは、猫のしっぽだった。
猫、ではない。
猫のしっぽだったのだ。
これが、俺と、しっぽの志歩さんとの出会いだった。
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