22人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
志歩さんのことを話す前に、もう少し俺自身のことを話しておこう。
俺は新田葉介、37歳独身、職業銀行員。つい数ヶ月前に彼女にフラれたばかりだ。
フラれた理由は、「もう結婚を先延ばしする人とは一緒にいられない!」だそうだ。
別に先延ばししていたつもりはなかった。付き合ったのは2年ほど。それほど長いとも思えない。
ただ、彼女は婚活パーティーで出会った女性だった。つまり、真剣に結婚相手を探しており、かつ早急に結婚したかったのだ。それを思えば、我慢の限界を超えてしまったのも納得できる。
本当に悪いことをした。俺のために、彼女の貴重な年月を無駄にしてしまった。
そんな悪い男の俺だが、実は今、自宅でひとり格闘している。
例の、右足首に巻きついた、猫のしっぽと思しきものが外れないのだ。
「な、何だよ。何なんだよ気持ち悪い」
想像してみてほしい。
自分の足に、動物のしっぽだけが巻き付いている様を。
ちょっとしたホラーだから。
ちなみに、しっぽの断面は確認済みだ。
確認して、そっと包帯を巻いておいた。
「おい、オマエ。いつの間に俺にくっついて来たんだよ。いい加減、離れてくれ!」
あまりにも頑ななので、つい怒鳴ってしまった。
すると、しっぽはびくっと揺れたあと、怒られたことがわかったかのように、シュンと首を垂れた。
「お?」
もしかしたら、ある程度、意思疎通が図れたりしちゃうのか。
「しっぽさん」
今度は優しく呼んでみる。
反応はない。
部屋周りを見渡して、玄関先で埃をかぶっているスリッパを持ってくる。
「しっぽさん、こっちにおいで」
スリッパを上下に振ってみる。
すると、しっぽの先がぴんと立ち、小刻みに揺れた。興味を持ってくれたらしい。
そんなことを延々と繰り返して、ようやく、右足からしっぽが外れた。気付けば日が傾きつつあった。
しっぽは蛇のように動き、スリッパの中へ入った。ここが落ち着くらしい。
俺は初めて、よくよくしっぽを観察してみた。
しっぽの先は白。
全体は薄茶色と白の縞々で、根本に近くなるほど色が濃くなる。
これはあとから調べたのだが、このしっぽは茶トラのそれに似ている。
メスよりオスの方が圧倒的に多いらしいが、何しろしっぽだけなので、コイツがオス猫なのかメス猫なのかわからない。
さて、どうやってコイツを捨てようか。
なんて、俺は最初、考えていた。
だってひとりでに動くしっぽなんて気味が悪いだろ。ぞわってくるだろ。そんなのが家にいたら嫌だろ。
ところが、これが不思議なもので。
俺が孤独にビールを飲みつつテレビを見ていると、しっぽは膝元に擦り寄ってくる。
大きな音をたててドアを閉めると、毛を逆立てて威嚇する。
俺が寝ていると、暖を求めて布団に忍び込んでくる。
そんなしっぽとの共同生活を続けていたら、可愛く思えてきてしまったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!