しっぽの志歩さん

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 志歩(しほ)さんのことを話す前に、もう少し俺自身のことを話しておこう。  俺は新田葉介(にったようすけ)、37歳独身、職業銀行員。つい数ヶ月前に彼女にフラれたばかりだ。  フラれた理由は、「もう結婚を先延ばしする人とは一緒にいられない!」だそうだ。    別に先延ばししていたつもりはなかった。付き合ったのは2年ほど。それほど長いとも思えない。  ただ、彼女は婚活パーティーで出会った女性だった。つまり、真剣に結婚相手を探しており、かつ早急に結婚したかったのだ。それを思えば、我慢の限界を超えてしまったのも納得できる。  本当に悪いことをした。俺のために、彼女の貴重な年月を無駄にしてしまった。  そんな悪い男の俺だが、実は今、自宅でひとり格闘している。  例の、右足首に巻きついた、猫のしっぽと(おぼ)しきものが外れないのだ。 「な、何だよ。何なんだよ気持ち悪い」  想像してみてほしい。  自分の足に、動物のしっぽだけが巻き付いている様を。  ちょっとしたホラーだから。  ちなみに、しっぽの断面は確認済みだ。  確認して、そっと包帯を巻いておいた。 「おい、オマエ。いつの間に俺にくっついて来たんだよ。いい加減、離れてくれ!」  あまりにも(かたく)ななので、つい怒鳴ってしまった。  すると、しっぽはびくっと揺れたあと、怒られたことがわかったかのように、シュンと(こうべ)を垂れた。 「お?」  もしかしたら、ある程度、意思疎通が図れたりしちゃうのか。 「しっぽさん」  今度は優しく呼んでみる。  反応はない。  部屋周りを見渡して、玄関先で埃をかぶっているスリッパを持ってくる。 「しっぽさん、こっちにおいで」  スリッパを上下に振ってみる。  すると、しっぽの先がぴんと立ち、小刻みに揺れた。興味を持ってくれたらしい。  そんなことを延々と繰り返して、ようやく、右足からしっぽが外れた。気付けば日が傾きつつあった。  しっぽは蛇のように動き、スリッパの中へ入った。ここが落ち着くらしい。  俺は初めて、よくよくしっぽを観察してみた。  しっぽの先は白。  全体は薄茶色と白の縞々で、根本に近くなるほど色が濃くなる。  これはあとから調べたのだが、このしっぽは茶トラのそれに似ている。  メスよりオスの方が圧倒的に多いらしいが、何しろしっぽだけなので、コイツがオス猫なのかメス猫なのかわからない。  さて、どうやってコイツを捨てようか。  なんて、俺は最初、考えていた。  だってひとりでに動くしっぽなんて気味が悪いだろ。ぞわってくるだろ。そんなのが家にいたら嫌だろ。  ところが、これが不思議なもので。  俺が孤独にビールを飲みつつテレビを見ていると、しっぽは膝元に擦り寄ってくる。  大きな音をたててドアを閉めると、毛を逆立てて威嚇する。  俺が寝ていると、暖を求めて布団に忍び込んでくる。  そんなしっぽとの共同生活を続けていたら、可愛く思えてきてしまったのだった。
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