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「志歩さん、頼むからいい子にしててくれ。それができないなら、家で待っててもらうからな」
昼休み、仕事の合間の休憩時間である。
支店の裏通りをしばらく行ったところの、小さな公園。
そのベンチに腰を下ろし、誰もいないのを確認した上で説教している。さすがに、他人の目がある中で、猫のしっぽに話しかけるような奇行には及ばない。
「袖の中に志歩さんがいるってだけで、気が散って仕方ないんだ。な? わかってくれよ。ていうかさ、志歩さんは、何だってわざわざ、俺なんかについてくるんだ」
地面で、じっと俺の話に耳を傾ける志歩さん。耳なんかないけど。
そうだ。ずっと不思議だった。
志歩さんはどうして俺を頼ってくるんだろう。
蛇のような動きで這いつつ、猫のような俊敏さでもって跳び上がり、俺の太ももに乗る志歩さん。
そして、膝の上で小さい円を作った。
まるで、仔猫が丸くなって眠るように。
しっぽの先だけ、甘えるように左右に揺れている。
「ったく」
俺はベンチに寄りかかって空を見上げた。
「仕方ねぇなー」
雲ひとつない晴天である。
つい最近まであんなに寒かったのに、このところ急に春日和だ。桜の木の1本でもあれば、この寂れた公園にも人がいただろうに。
あるのは砂場と、小さな滑り台、そして今俺が腰掛けているベンチだけ。これでは、今どき、園児だって寄り付かない。
俺はコンビニで買ってきたおにぎりを頬張った。
志歩さんは食事をしない。口がないのだから、当たり前といえば当たり前だ。
食べる楽しみがないなんて、何だか可哀想だった。
ふと膝の上の志歩さんを見る。
相変わらず丸くなっている。
しっぽだけなのに、可愛いなんておかしいだろうか。
俺は志歩さんをそっと指で撫でてみた。
志歩さんは触られるのがあまり得意ではないようだったが、今は大人しく撫でられてくれる。
柔らかくさらりとした毛並み。少しだけあたたかい。
仕事の合間にこんなに穏やかな気持ちになれるなんて、思ってもみないことだった。
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