しっぽの志歩さん

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   鈴を転がすような声、とはこのことか。  美女と美声を前によろめきそうになったが、不法侵入とあっては許せるわけがない。 「ちょ、何、勝手に入って来てんだよ! いったい誰なんだ?」  玄関の中まで歩を進めた女は、俺の言葉に足を止めた。 「これは申し遅れました。アタシは、猫魈(ねこしょう)(ぎん)と申します。どうぞ、気軽にお(ぎん)さんと呼んでくださいまし」 「いやいや、アンタの名前はどうでもいいんだよ。そうじゃなくて、何で勝手に入って来たんだって訊いたんだ。ここにはその、お吟さんとやらの娘はいねぇよ。だから、早く出て行ってくれ」 「まあ、おかしなことを」  お吟は、上品に袖口で口元を隠して笑った。 「アタシの娘なら、ほらそこに」  と言ってその指差す方向にいたのは、他でもない。  しっぽの志歩さんだった。 「し、志歩さん?」 「志歩、という名前をもらったのね。良かったわねえ」  お吟が少し身を屈めて手招きすると、ためらいがちに、志歩さんは蛇行しつつ寄って行く。  そして、女の腕の中にすっぽり収まった。 「この()はねえ、猫又なのですよ。(あやかし)同士の抗争で、身体をバラバラにされてしまってね。他の部位は見つかったのだけれど、どうしても尻尾だけが見つからない。それで探しておりまして」 「はぁ……」  妖同士の抗争? 何かヤクザみたいだな。  それに、志歩さんが猫又のしっぽだって?  猫又といえば、尾が2本ある、日本の妖怪だった気がする。 「また、悪い奴に捕まっていたらどうしようかと思っていたのだけれど、そちら様には良くしていただいたようで。このように、手当までしてもらってねえ」  お吟は、しっぽの断面に巻いた包帯を撫でる。  うん、そうだね。まあまあグロテスクだったから、隠すために包帯を巻いたんだよね。 「本当でしたら、お礼にこの()をそちら様の嫁に、と言いたいところではありますけれど」 「はい?」 「何せ、まだ仔猫がでございますから、平にご容赦を」  ああ良かった。さすがの俺もしっぽの嫁などいらん。 「名残惜しくはありますけれど、アタシ達はこれで失礼させてもらいます。本当にありがとうございました」  お吟が腰を折って頭を下げると、その腕の中のしっぽもちょこんと下を向いた。 「え、行っちゃうの? 嘘だろ、おいちょっと」  ゴミ箱を蹴倒す勢いで駆け寄ると、同時にドアが閉まった。  女としっぽの姿は、跡形もなく消えていた。
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