文豪は猫がお好き?

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晴天の日。 都内にある大ホールにて催しが行われていた。 ――「それではっ! 早速ご登壇いただきましょう!! 先生、どうぞっ!!」 グレーのスーツ姿をした女性アナウンサーは声高らかに叫んだ。 舞台の裾に当てられる照明。 湧き上がる拍手。 そろりと舞台の端から現れたその男の名前は…… 「猫田またたび吉右衛門先生!!」 そう呼ばれると同時に、客席から惜しみない拍手喝采が起こる。 「どうもー、ご紹介にあずかりました猫田またたび吉右衛門ですぅ」 無精髭に猫背を隠そうともせず、マイクを口に近づける。この男、今や誰でも知っている超有名な小説家なのだ。数年前に短編でデビューを果たし、手がける本全てが大賞をとり、重版になる。推しも押されぬ昨今の文豪なのである。 「先生、わたくし、今日お会い出来るこの日を大変楽しみにしておりました! 本日はよろしくお願いいたします! 早速ですが、今回の新しい小説 【猫はブラックホールにハマっちゃうかもしれないよ】 はどんな内容の小説なんでしょうか?」 「まあ、こちらこそよろしくお願いしますね。まずね、そうだね、この本は猫が地球の命運を背負ったまま宇宙へ旅立ち、ブラックホールの謎を解くというそのまんまのストーリーなんですよぉ。いわゆる、国の抱える医療問題に光を当てました」 「まあっ! 素晴らしいですね! さすがっ、猫田先生です! 前作の 【猫と僕と臭い靴下】 とはまた一味違った作品なんですね?」 アナウンサーは、頬を紅潮させている。 「えぇ、まぁ。そう。なんていうか、前作はプロカバンダだからね。経済の主張と世界大戦へのメッセージでしたから」 「初期の代表作とも言われる【猫は猫背を好まないけど歩けば棒にあたる】 みたいな感じですか?」 「あのね、君さ、僕の作品ちゃんと読んでる? あれは凄まじい狂気に満ちた殺人ミステリー小説だったでしょ? 全く違うから」 はあ、と猫田はため息をついた。 「すみません、興奮しちゃって……先生の書く文章は懐が深すぎて読んだ後に全てを疑っちゃうんですよ。世界がすべて繋がっていて……歴史さえも未来さえも今に繋がっていて現実が目に見えているものではないんじゃないかと……。世界が大きすぎて混乱しちゃうんです。毎日の平和が果たして本当に幸せなのか、とか。あ! 特に【ぼくは猫の額に畑を耕す〜自由を求めて〜】は感涙ものでした! ハリウッドで映画化されたのも偉業すぎます……て、すみません、わたくし、アナウンサーなのにすっかり先生の虜でして、普通の言葉しか言えずにいますね、すみません」 「いいんだよ、僕の前ではみんなそうなっちゃうから。まあ、今回の作品はやっぱり病んでるものを一回書いてみたかったんだよね。初心に戻る、みたいな? それでトライしちゃったわけ。山積みでしょ?医療問題。そこにメスをいれた作品になってるからよろしくね」 愛想なく猫田は答える。 「ここでひとつ質問なんですが、今まで多数の作品を生み出されてらっしゃいますが、一番先生のお気に入りの作品はなんですか?」 「それねぇ……よく訊かれるんだよねぇ」 猫田の答えを待って、客席は水を打ったように静まり返った。 「はぁ……まあ、なんだろな、どれも僕にとっては自分の分身みたいなもんなんだけどさ、 【ハチワレ猫の糞、くっさ! ここにあらず】 かな」 「やっぱり〜! わたくしもその作品大好きです! 特に最後の展開にはハラハラしました!」 「うん。この場で公表しちゃうけど、今度、映画化する事になったよ」 わっと湧き上がる客席。 アナウンサーは真っ赤な唇を震わせて、叫んだ。 「先生すごいですね! 飛ぶ鳥を落とす勢いですよね! わたくし、あんな官能小説今まで読んだこと無かったですもの!」 「はは」 猫田は、頭の上にある猫耳カチューシャを揺らしながら、愛想なく笑ったのだった。 * ――「ただいま」 仕事が終わり、猫田は帰路に着いた。一等地にある豪邸。そこにはお手伝いのミヤコさんがいる。 「おかえりなさいませ。先生」 「お腹空いた」 「はい。ご用意出来ております。お疲れ様でございます」 猫田は、手洗いもせずに書斎の扉を開けて、皮のカバンを放り込んだ。 「ねえ、ミヤコさん、これ、なんとかして」 書斎を陣取るように中央のソファに寝転んでいる生き物……猫である。 「ぼく、嫌いだって言ったじゃん。猫アレルギーだしさ。どかせてよ」 「あらあら、これはとんだ失礼をいたしました。記者さんが昼間来られましてお約束通り書斎と猫の写真だけ撮って行かれましたよ」 「あ、そ。じゃ、もう要らないね。その猫はミヤコさんちに持って帰って。」 「はい」 夜も更け、猫田は風呂に浸かりながら、はあっとため息を着く。 いつから文豪は猫が好きで当たり前になったのか? 夏目漱石も池波正太郎も三島由紀夫もみんなおかしい。猫の何がいいのか? 自分が本当に好きなのは、ペットのハリネズミのポットちゃん――唯一心を許せる友達である。猫なんて自分勝手で気ままじゃないか。 今更だけど、デビューする時に言われた担当さんの一言を思い出した。 『デビューするなら、インパクトのある名前がいいっすよ。あと、猫好きとか言っとくべきですよ。なんでも味方にしないと』 今思えばあの一言で始まったのだ。 あの一言でキャラ作りが始まった。 本当は猫なんか嫌い。 ハリネズミが好きで何が悪い。 猫田は、ドプン、と湯船に顔を浸けた。 現在猫田は51歳。 ちなみに独身。 結婚する気はさらさら無い。 [完]
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