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みゃーと美弥
「高瀬、カラオケ行こーぜ」
「わりー。今日は無理だ」
「なんだよデートか?」
「まぁ、そんなとこ」
放課後。友人の誘いを軽く断り、俺は足早に昇降口を出ていく。
デートというのは誘いを断る口実だった。
いや、恋人に会いに行くという点では、あながち嘘とも言いきれない。
校門を抜けずに体育館裏へと周り、人目につかない茂みの方へとやって来る。
スクールバッグから忍ばせていたジプロックを取り出し、俺はご機嫌に君の名を呼んだ。
「みゃー!」
いつものように物置小屋の奥から顔を覗かせたのは、俺の愛しい愛しい『みゃー』ではなかった。
「は、はい......?」
オドオドと様子を伺いながら出て来たのは同じ高校の制服を着た女子生徒。何故だか一向に見覚えが無いが、胸元のリボンの色からして、学年も俺と同じ二年生だった。
「え、」
「......え?」
「いや、え?」
「あ、あの......どちら様、でしょう?」
訳が分からず固まる俺を見て、彼女も同様に困惑している様子だった。
いやいやいや。どちら様はどう考えたって俺の台詞だろう。なんで『みゃー』を呼んだらあんたが出て来るんだよ。
「あぁ......二年の、高瀬っす」
本人に直接ツッコミたい気持ちはやまやまだが、彼女があまりにも俺を警戒しているから、仕方なく先に名乗った。
「た、高瀬くんって、あの高瀬くんですか!T高いちの不良と名高いあの......!」
「いや失礼過ぎんだろ。まあ外での喧嘩はしょっちゅうだけど、俺別にここじゃそこまで素行悪くねーよ」
まあ彼女みたいな如何にも清楚なお嬢様は、
金髪ってだけでビビるのは仕方ないとは思うが。
「そうなんですか......?すみません」
「別に良いけど、あんたは?同じ二年だろ」
相変わらずオドオドしながら、彼女はようやく俺の方へゆっくりと歩いてきた。
「えっと、......山下です」
うろうろと目線を泳がす彼女に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「は、山下?!」
俺の記憶の中の山下と言えば、一本結びで分厚い眼鏡をかけた野暮ったい感じの、あの山下しかいないのだが。
今目の前に居るのは、誰から見ても美少女といえる清楚系のお嬢様だ。
「す、すみませんっ!山下です!すみません......!」
いやまあ確かに、このビクついた喋り方は山下と言えば山下か。
「ん......まぁ、分かったけど。何で山下がここに居るんだよ」
「だって、高瀬くんが呼んだから......」
また訳の分からないことを。
「いやいや呼んでないしな。
俺が呼んだのはみゃー。全然違うだろ」
山下は俺を見上げ数秒ポカンとした後、恥ずかしそうに頬を赤く染めゆるゆると目を逸らしてしまった。
「ご、ごめんなさい。勘違いでした......
私、みやなんです。山下美弥」
「......ああ。みゃーと、美弥?」
なるほどなと思い笑うと、山下はますます真っ赤になって縮こまった。
「あの、みゃーさんは、その......」
言葉に詰まっている様子の山下に、俺は手に持っていたジプロックをチラつかせた。
「猫。真っ白の」
中に入っているスティック状のキャットフードに目をぱちぱちとさせ、山下はへにゃりと頬を緩ませる。
「あ、やっぱり!」
普段とのギャップが強過ぎて、心臓が跳ねた。
「......やっぱりって、知ってたのかよ?最近ここで子猫が産まれたって」
「はい。ちょくちょく様子を見に来てたんですけど......今日はここにカラスの群れがいて、」
「なっ......!みゃーは?!無事なのか?!」
俺は山下の肩を掴み、彼女の言葉の続きも待たず問いただした。
ぶんぶんと体を揺らされ怯える山下に、俺はようやくハッとして肩から手を離した。
「っ、わりー......」
「あの、みゃーちゃんは無事です。物置小屋のホウキで何とかカラスを追い払って、その......
無事じゃないのは私の眼鏡だけですね」
みゃーは無事。とりあえず一安心した俺は、まるで他人事みたいに苦笑いで済ませようとしている山下のことが気になって、腰を落とし、彼女と目線の高さを合わせ瞳を覗き込んだ。
「壊れたのか?全然見えねーの?」
焦げ茶色の丸い瞳が、だんだんと潤んでいく。
「こ、壊れたというか......無くなっちゃって、その......」
耳まで赤くする彼女に、俺の方が恥ずかしくなって顔を逸らした。
「あー......それで、みゃーは?」
「えっと、こっち」
慌てて俺から離れた山下は、物置小屋の裏へと一人で走って行ってしまった。
彼女について行く形で物置小屋の裏へと来た俺の足元に、白くてふわふわしたの直ぐにが擦り寄ってきた。
『ミャア〜』
相変わらず舌足らずにミャアと鳴くみゃーが愛おしい。
「みゃー!お前は危なっかしいやつだなあ......。
山下に感謝しろよ」
『ミャ』
分かっているんだかいないんだか。呑気に欠伸をするみゃーの前にしゃがみ込み、顎の下を指でうりうりと撫でる。
同じように俺の隣に並んでしゃがんだ山下が、垂れた髪を耳にかけ、にっこりと微笑んだ。
ーーー可愛い。
思わず出かかった言葉を慌てて飲み込む。
すると、山積みになった廃棄資材に隠れるように、反射して僅かに光った物を見つけ、俺はひょいと拾い上げた。
「あ、眼鏡。これ山下の?」
顔を近づけ首を傾げる山下に、思わず笑ってしまう。目が悪すぎて自分の眼鏡かも分からなくなってしまうなんて。
「掛けてみれば分かるだろ。じっとしてろよ」
そう言って眼鏡を顔に近づけると、山下はぶんぶんと首を横に振り、両手で顔を覆ってしまった。
「い、いい!今はいい......!」
「いいって、何も見えないだろ」
「だってっ......近くで高瀬くんのこと見たら、私......」
指の隙間から覗く山下は耳まで真っ赤だった。
鼓動がトクトクと早まっていく。
「見たら、なに?」
「あの、その......っ」
期待させるような態度をとっておいて、顔を逸らしてしまうなんてあんまりだろ。
『ミャア〜......』
みゃーも不思議そうに俺たちを見上げている。
「みや」
恥ずかしそうに目を伏せたままで、山下は反応を示さない。
俺は彼女のほっぺたを両手で挟み、ちょっと強引にこっちを向かせた。
期待を含んで潤んだ瞳が、最高に可愛いかった。
「......美弥。あんたのこと呼んでんだけど」
END^..^♡
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