姫と王子

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姫と王子

 高校一年生、15歳。青春真っ只中。 姫野 優佳(ひめの ゆうか)を悩ませている原因は、勉強でも部活でも恋愛でもない。 それは自分自身の名前だった。 名前と言っても、下の名ではない。 ファーストネーム。つまり苗字の方。 私は『姫野』という苗字が大嫌いだ。 幼稚園の頃は何とも思っていなかったのに、 小学校に上がった頃から、男子を中心にだんだん周りが私の苗字を笑うようになった。 『のって、お前全然お姫様っぽくねーじゃん!』 最初こそムカつくだけだったが、そう何度も何度も言われると、言い返すことにも疲れてくる。 向こうは面白いと思って言ってくるからタチが悪い。思春期の子供というのは残酷で、自分の痛みには繊細なくせして、人の痛みには嘘みたいに鈍いのだ。 『あっそ』『お姫様じゃなくて悪かったわね』 そうやって無愛想にクールぶっていたのは、これ以上私に構うなという牽制の現れだった。 そんな努力も虚しく、中学に上がり、知り合いも初めましても混じり合う新しい環境になると、 苗字イジりはエスカレートしていった。 『あ、お姫様じゃん。ご機嫌麗しゅ〜』 『うっさい』 『こっえー。マジ名前負けだな』 小学生の頃より周りも言葉が達者な分、結構素直に傷ついた。 ムキになって反論するのも癪で相変わらずクールぶっていたから、良くも悪くもイジメ的な雰囲気にもならず、あくまでイジり。それが周りを調子に乗らせる。 あまりにもイジらているもんだから、女子の間でも渾名は『姫』。別に嫌味でもなんでもない。 そう呼ばれているから、みんなそう呼んでくるだけ。 そしてずるずると高校入学。 もう何年にも渡って続く苗字イジり。それを私がどれほど本気で嫌がっているのか。周りに分かってもらうタイミングを、完全に見失ってしまったと思う。 そして今日、ことは急展開を迎える。 「転校生を紹介する」 担任の一声で教室に入ってきたのは、明らかにブリーチを入れている鮮やかな赤茶髪に片耳ピアス。ヤンキー風のいけ好かない男子だった。 「じゃあ、自己紹介してくれ」 「桜 司(さくら つかさ)です」 桜、司。一文字づつ、意外と綺麗な字が黒板にでかでかと書かれる。 何にも思っていなかった私は、男子が『あー!』という癇に障る声を出すのと同時に、気が付いてしまった。 さくらつかさ。桜、司。 音読みにして、。王子になってしまうのだ。 「おいおいお姫様、運命の相手じゃん!王子様だぜ!告っちまえよー」 馬鹿みたいに笑って、うるさいうるさい。 何が面白いの?告るわけないじゃん。 この場から走り去りたい気持ちをぐっと堪え、 私はちらりと転校生の方を見た。 初対面なのにとばっちりでイジられて、うんざりしているんだろうなと思っていたのに、転校生は他の男子達と同じく呑気に笑っていた。 ーーー気にしているのは私だけなんだ。馬鹿みたい。 「桜は窓際の列の奥、空いてる所があるから。そこに座ってくれ」 信じられないことに、転校生は私の隣の席だった。 嫌なことってこんなに重なるものなのか。 転校生が私の横を歩いてくるが、目を合わせないよう、教科書に視線を落とす。 視界の端に鮮やかな赤茶色がチラついて落ち着かない。 お願いだから話しかけないで。 私のことは放っておいて。 そんな願いも届かず、転校生は早速机に突っ伏し、その雰囲気に似つかない人懐こい笑顔で、気安くこっちを覗き込んできた。 「なんていうの?」 少し低い声と柔らかな言葉尻がアンバランスだ。 「何が」 分かっているのにそう言ってみたのは、私のせめてもの抵抗だった。 だけど流石に、初対面の転校生に冷たく当たるなんて子供じみていたかもしれない。 なんだか申し訳なくなって教科書から隣の席へと視線を移すと、傷ついているどころか、転校生はますます人当たりのいい笑顔を浮かべた。 「なまえ。さっきお姫様って言われてたよな」 思わずカチンときてしまう。 だったら何、自分がだから、私のことをイジりたいわけ? なんてことを本人に言ってやれないのは、 その笑顔に嫌味を感じないからだ。 何なんだろう、この転校生は。調子が狂う。 「......言いたくない」 不機嫌丸出しで小さく呟いた言葉に、笑うでも驚くでもなく、転校生は眉を少しだけ下げて頷いた。 「俺も自己紹介すんのやだったわ」 「え......どうして」 私が理由を聞くのもおかしな話だが、本人がツッコんで来ないから訂正はしなかった。 「王子ってイジられんの、テッパンだから」 そう言って、またお得意のにっこりスマイルを向けてくる。 爽やかなのか胡散臭いのか、どっちかにしてほしい。 「だったら何で笑ってたの。嫌なんでしょ、イジられるの」 「笑ってた方が楽しいんよ。俺はね」 陽の光を背負いながら、のほほんとした口調で言われると、何故だか私まで笑ってしまった。 「何それ、変わってんね。 ああ......私は、姫野優佳。ま、教科書くらいは見せてあげるから」 「ん、よろしくな。ゆーか」 「......っ、!」 無邪気な笑顔でを呼ばれ、私は感じたことのない感覚に陥った。 死ぬほど恥ずかしいのに、何か嬉しい。 悔しいことに、私が初めてときめいてしまった相手は、 ーーー全然らしくない男の子だった。 「......よろしくね、つかさ」 END♔♡♚
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