救世主の正体

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「……いつもので宜しいですか?」  彼はいつも通り黙って肯く。  ……気まず!  どんな顔でシェーカー振っていいかわからない。  というかなんでまた女装してんの?  いや、私も男装してるけどさ。  あーカオスだ。非常にカオス。  でも、ちょっとだけ嬉しいと思ってしまうのはなんでなの。  再び見ることのできた美しい姿に、不本意ながら胸が高鳴った。 「お客さん、オーナーの恋人の振りしてくれたんすよね?うちのオーナーがお世話になりました」  タケちゃんが朗らかに笑うも、彼は返事もせずに黙ってマルガリータを飲んだ。  無表情というよりも、少しだけ険しい顔でタケちゃんを睨んでいるように見えるのは気のせいだろうか。  しかし、この男は一体どんなつもりでまたここに来たんだろう。  もしかしてこの間のことは彼にとってはどうってことなくて、ただ飲みたくなって来ただけ?  彼があの『遥』というモデルだとするならば、そういった一夜完結型の遊びなんて日常茶飯事なはず。  様々な思いを巡らせているうちに、少しずつ来客が増え忙しくなってきた。  彼とは一言も話さずに業務に集中していると、これまた予想外の展開が。 「いらっしゃい……ませ」  勢いよく扉を開けて現れたのは、他でもなく亜由子さんだ。 「……礼さん!」  何故彼女がこの場所に。  電話番号を盗み見られていたトラウマが蘇り、背中が粟立ってくる。 「あ、亜由子さん、どうしたんですか」  彼女はいつもの可憐な雰囲気から一転、鬼の形相で私を見つめている。  ……まずい。  女ってバレたとか? 「……礼さん、騙されないで下さい!」 「……はい?」  次の瞬間、彼女は私から視線をそらし、その鋭い眼光を“美女”に向けた。 「この女、礼さんを騙してます!」  亜由子さんの思ってもみなかった言葉に唖然とする。  しかし美女の方は全く動じずにお酒を飲み続けた。 「さっき偶然見かけてしまったんです。……この人、男の人と歩いてましたよ!」 「は、はい」  そりゃ、そうだわな。  そういうことも結構な頻度でありますわな。  だってこの人、男だし。 「しかも男の方はスーツケース持ってました!きっと、二人で旅行行った帰りですよ!それなのに何食わぬ顔で礼さんに会いに行くなんて、信じらんない!」  亜由子さんのあまりの取り乱し様に、他のお客さんも注目し始めている。 「あ、亜由子さん落ち着いて下さい。とりあえず座って」  そうたしなめるも、彼女は相当怒り狂っているのか、聞く耳を持たなかった。 「礼さん裏切るなんて、私が許さない!なんとか言いなさいよ!」  尚も無視し続ける美女に、ついに亜由子さんの怒りが爆発する。  彼女が近くに置いてあったグラスを手にした途端、嫌な予感がした私はカウンターから飛び出した。 「亜由子さん!」 「この、人でなし!」  彼女が思い切り美女に向けてかけたお酒は、面白いくらい上手いこと私に直撃した。 「オーナー!」  頭からかぶってジントニックまみれになった私を心配したのか、タケちゃんもカウンターから飛び出す。 「きゃあ!ごめんなさい!礼さんにかけちゃうなんて!」  オロオロする亜由子さん。  ますますカオスだ。 「オーナー、早く拭かないと」 「礼さん、これ使って下さい」 「いや、あの二人とも、大丈夫だから……」  後ろから覆い被さるようにタオルで拭いてくれるタケちゃん。  超絶至近距離で撫でるように顔を拭きまくってくれる亜由子さん。  二人の甲斐甲斐しさに困惑しているさなか、ふいに感じた甘い香水の匂い。  途端に胸がきゅっと締めつけられた瞬間、美女は私から二人を引っ剥がすように割って入る。  驚きすぎて声が出なかった。  美女は力強く私の腕を掴むと、なんとそのまま店から連れ出したのである。  
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