第2章 夢の国へ出発

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 その間にベンス達はベイリスも含めて、三人で話し合いを始めた。涙を拭きながら、その様子をティーザは不安になって見つめた。そのうちに、彼らは順番に部屋の外に出たり入ったりしながら、イヤリング式の通信器具などを使って連絡をしている様子だった。 「大丈夫ですよ。たぶん。」  スビンが言った。ティーザはさっき、スビンがさっと説明してくれたことを思い出した。混乱が過ぎ去った後は、びっくりするほど落ち着いて行動している。だから、大丈夫だろうと任せられたのだろう。ただ、パニックになったら固まってしまうだけで。 「…あの。さっきは説明してくれてありがとうございました。それで…どうして、大丈夫だって分かるんですか?」 「僕、サリカタ語が分かるので。彼らは今、ティーザさんのために特別に許可を得て、ティーザさんのお母さんが、今、どこにいるのか調べてくれているんです。」  ティーザはびっくりして、スビンを見つめた。彼がサリカタ語ができることにも、少しは(おどろ)いたが、考えてみれば当然でもあった。しょっちゅう、仕入れについて歩いていたのだから。それよりも、彼らがティーザの母のことが分かる、ということの方に驚いていた。 「……どうして…分かるの?だって…今、どこにいるのか調べているってことは…誰か分かっているってことでしょ?わたしは知らないのに。」  スビンがやや驚いた顔をしながら、返事を返した。 「それはそうですよ。さっきの書類。ゴスさんに紫水晶のペンダントを移譲したという書類に、ティーザさんのお母さんのことが書かれています。」  ティーザが慌ててもう一通の封筒を開けて書類を出そうとすると、スビンに止められた。 「あぁ、待って下さい。そっちは保管用でしょう?保管用には手をつけない方がいいです。」  でも、ティーザは母の名前を知りたくて、気持ちが急いた。思わず作業用のテーブルの上の書類を見つめる。 「あのう、すみません。その書類を見せて貰ってもいいですか?」  スビンは知り合いのベイリスに尋ねた。 「書類?」 「その、ティーザさん、お母さんのお名前を知らないようなんです。」  ベイリスも驚いた表情をした。 「その、ズットス王国ではサリカタ王国の人は、あまりよく思われないので…。」  スビンが説明した。たぶん、ボイグもそういうことで、ティーザに母のことを伝えなかったということはあるだろう。 「マーノ君、ちょっといいかな。この書類、彼女たちに見せても大丈夫?」  どこかに連絡を取り終わったベンスに、ベイリスが尋ねた。 「この移譲の方の書類。」 「ええ。いいですよ。」  ベンスは言って、書類を渡してくれた。 「どうぞ。もしかしたら、後でまた使うかもしれません。」  言った後、連絡が来たらしく、急いで廊下に出て行く。 「どこ?母さまの名前。」  ティーザは、はやる気持ちを抑えきれずに、書類を凝視(ぎょうし)した。 「これよ。」  横から見たレイラが、指さしで教えてくれる。 「ありがとう。」  言いながら、その指先を見つめる。初めて見る母の名前。読みながら気がついた。 「!あれ、この書類、イル=ズトッス語で書かれてる…。サリカタ語じゃない。」 「!」  レイラも言われて初めて気が付いている。 「私達がズトッス王国から来ているので、最初から翻訳して印刷してくれているんです。」  スビンが説明してくれた。 「わたし、サリカタ語を読めるから、つい、気がつかなかった。」  横でレイラが言っている。ティーザも少しだけ読める。だが、今は母国語で書かれている母の名前を見つめた。 「……ペプリーナ・ラルジ。ペプリーナ・ラルジから、リョナス製紫水晶首飾り一点を、元夫であるボイグ・ゴスに移譲する。」  元夫…という言葉に、ティーザはなぜか打ちのめされた気がした。両親は離婚していた。やっと母の名前を生まれて初めて目にしたのに、不思議なことに感動が起きなかった。こんな名前の人なんだ、しか感じないのはなぜだろう。 「…ラルジ?」  ラルジという名前にレイラが考え込んでいた。 「ティーザさんのお母さん、ラルジ家の人だったんですか…!?」  スビンが小声で驚きの声を上げた。 「……知ってるの?」 「(すご)いですよ…!だからか…。だから、彼らは面倒な許可を申請しているんだ。大体、三百五十年前にこんな紫水晶のペンダントを持っていること事態、そういうことを示唆(しさ)していますよね。」  スビンは一人で納得してしまう。 「ちょっと、教えなさいよ。」  レイラがスビンを小突いた。 「…すみません。ゴスさんがティーザさんにお母さんのことを言わないように、知らせないようにしたのも、これが原因だと思います。」  全く分からないティーザ達をよそにスビンはさらに、一人で納得している。 「確か。」  そこにアマンディアの声が割って入った。 「わたしの記憶に間違いなければ、ラルジ家は貴族でしょう?確か、先祖代々、リッシュを治めてきた家系だったはずよ。」  ティーザは弾かれたように、アマンディアを見つめた。言われている意味が分からなかった。 「……貴族?」 「サリカタ王国の?」  レイラとティーザが交互に尋ねる。 「ええ。」  アマンディアは頷いた。 「歌劇でもリッシュは出て来るわ。そもそも、リッシュはここ、フェイジュから近いのよ。リッシュ彫刻という、大変優美な人物彫刻で有名な街よ。」 「その通りです。」  スビンは(うなず)いた。 「よくご存じですね。」  ベイリスの声で四人は振り返った。 「申し訳ありません。お待たせしてしまいまして。ちょっとややこしい事になっているようです。」  ベイリスは苦笑いして、様子を見てきますね、と廊下のドアを開けた。何か問答をしている声が()れ聞こえてくる。ベイリスはドアを閉めて戻ってきた。 「…期待をさせて申し訳ありません。ですが、私達にはこれ以上、打つ手がなくて。大変残念ですが、おそらくティーザさんの母君には会えないかと思います。」  ベイリスは残念そうに謝った。 「詳しいことは彼らが説明するでしょう。私が今分かっていることは、ティーザさんの母君は、今は別の人と再婚されているということです。」 「わざわざ、こちらが頼んだわけでもないのに、ありがとうございます。」  アマンディアがティーザの代わりに答えてくれた。ティーザは期待してなかったのに、涙がこみ上げてきて声も出せなくなっていた。 「…たぶん、規則に違反するんでしょう。さっき、めちゃくちゃ怒られてました。あの二人。」  ベイリスがそっとドアの方まで下がった隙に、スビンが廊下の方を指さして教えてくれた。 「…分かったの?」  レイラが泣いているティーザの代わりに質問した。 「はい。通信機器の向こう側で、誰かに相当言われていたみたいです。」  そこで、スビンはいっそう声を低くした。 「たぶん、ティーザさんのお母さんの身内の人です。」  ティーザの耳元で(ささや)いて教えてくれた。その声はなんとかレイラとアマンディアにもかすかに聞こえたらしい。二人の顔が神妙になった。  鈍い方だと思うティーザにも理由は分かった。きっと、ボイグとの結婚は、反対されていたのだ。もしかしたら、駆け落ちしたのかもしれない。だから、離婚させられて他の人と結婚していたのかもしれない。だから、バーポがボイグに母親のことを話さないように、(ちか)いを立てさせられたのだろう。
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