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第3章 夢から覚めた現実
シャンズはボイグが死んで、一番驚愕した人間だった。おそらく、ボイグが死ぬ直前まで話をしていた、最後の人間だと自分でも分かっている。しかも、見つかった場所を聞いて、尚更そうだった。
あの日、二人は言い争いをした。
会社のことでだ。ボイグは自分が会社の経営を圧迫しているくせに、シャンズが不正に金を貯めていると責めてきた。証拠も握ったとか言っていた。思わず頭にきた。
『あんた、分かってんのか…!あんたの娘が女学校の学友達に、貢いでんのを…!たかられて、どれだけの金を使ってると思ってる!あんたの娘が使った金は、一年分の稼ぎだ!それを、たった二ヶ月で使い切ったんだぞ!バーポさんがどれだけ苦労して、金を工面してるのか、分かってんのか!』
シャンズが怒鳴るとボイグの顔色が変わった。
『俺のことをとやかく言うのは構わない…。だが、娘のティーザのことを悪く言うのは、やめてくれ!』
『悪くも何も、これが現実なんだよ!だから、何度もバーポさんがどうしても、あんたの娘を女学校に入れなきゃいけないのかって、何度も言っただろうが!退学させてもいいんじゃないかって、何度も言ったはずだ!それなのに、あんたは意地を張って、娘を女学校に入れ続けた!あの娘にしても、可哀想だ!いじめられてんだぞ!』
『…娘がいじめられているのは、知っていた。帰ったら話をするつもりだった。だが、そんなに金を使うなんて…!それだけの金が…いや、大体、なぜ子どもがそんな高価な物を買う必要がある…?』
『そんなもの、理屈じゃない…!どれだけ、あんたの娘に金を使わせられるか、競争してるんだぞ!』
ボイグの顔が強ばった。
『そんな…ひどいいじめを?でも…だからって、なんでお前が会社の金を横領する!?お前がそんなことをしなければ、もっと楽に…。』
のんきなボイグにシャンズは頭に血が上った。娘のことすら、きちんと把握していないくせに娘を大事にしているつもりで、大事にしていない。それに、関係ないと言い張ろうとすること事態が問題だ。
『おおありだ!このままだと、何かあったら会社が持たないのは分かってた。だから、少しずつ金をこっちに置いて貯めておこうと思った。だから、少しずつ貯めてたんだ!横領だって!?確かに誰にも相談しなかったよ、だが、自分の物にした金は一つも無い!』
シャンズは怒って、その場を後にした。
『おい、待ってくれ!話はまだ終わってない…!シャンズ!』
ボイグが追いかけてこようとしたが、シャンズは無視して小走りで橋を渡り、走ってきた乗合馬車に乗った。
まさか、その後、ボイグが死んだなんて思わなかった。
娘に残した水晶板に、何か残されているのかもしれない。申し開きをしろと言われたら、シャンズはいつでもしてやるつもりだ。だが、残した証拠というのは、気になった。会社の状況がかなり悪かったので、なりふり構わず悪いことにも少し手を出した。
その点はまずいと思うが、だが、それ以外に悪い所はない。
シャンズは店の倉庫にいた。大量に在庫になっている人形である。実はこの中に、輸出が規制されている禁制品が入っていた。サリカタ王国の薬草や薬だ。サリカタ王国は医療大国で、薬草や薬は大変効果がある。だが、サリカタ王国では厳しく外国との売買を規制している。国内では無料で診療を受けられるが、国外に薬草や薬を売買目的で持ち出してはいけない。
この禁制品を売る人間がサリカタ王国にもいるし、買う側がズトッス王国にもいる。その中継をやらないか、ということである。ズトッス王国に薬が入ると、それが巡り巡って医者のところに回っていき、金持ち達は大枚をはたいてその薬を買う。金持ちでなくても、このサリカタ王国から入っていく薬が、頼みの綱だという病人はいくらでもいた。ベラの息子もその一人である。
シャンズは上手くやる人間として、裏で評判が良かったらしい。そのおかげで実際に薬が多く入るようになり、薬の値段が下がって庶民も買いやすくなった。ベラの息子もその恩恵にあずかっているが、実態を知らないだろう。
シャンズは夜中に倉庫から、人形が入った木箱を出すと、荷車に乗せて運んだ。引き渡すことになっている河の埠頭に行くと、すでに取引相手の裏家業の者達が待っていた。
「来たな。お前んとこの会社、やばいって話だから、来ないかと思ったぜ。」
「来ないと会社が潰れる。」
「それもそうか。ほらよ。約束の金だ。だが、そっちがサリカタ王国で受け取り損ねた前金は、向こうで回収してくれ。向こうから、こっちで渡してやってくれって頼まれたが、こっちも急には金を用意できなくてな。商売、やりにくいよな。お互い。まあ、気をつけて受け取れよ。」
シャンズは金を受け取ると、ほっとして暗い夜道を荷車を引いて帰った。荷車を戻し、金を隠し場所に隠した。それから、家に帰ると酒を飲んでから眠った。
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