第3章 夢から覚めた現実

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 次の日、金を隠してある倉庫の床板を外していた。昨日、暗かったので今日、朝から誰も来ないうちに、受け取った金を確認し、帳簿を調整しながらその金を入れる算段をするためだ。素早くしないと、五日後には金を銀行に入れなくてはならないので、間に合わなくなる。 「!」  シャンズは息を呑んだ。昨日の金がない。どこをどう見てもない。もう一つの隠し場所と勘違いしたか?自問自答するが、間違いなくここだ。(おどろ)いて焦っているシャンズの後ろに人影が差した。 「お前が探している物はこれか?」  バーポの声がして、シャンズは弾かれたように振り返った。 「!そ、それは…!」  バーポが持っている袋が、まさに金が入っている袋である。 「…ば、バーポさん、それは…!」  シャンズはどう言おうか考えていたが、何を言うか言葉にならなかった。ボイグに対しては反感を覚えていたが、バーポには世話になったと恩を感じている。十三歳で両親を失い、弟と妹を養うために必死で働いた。必死になって働いて、少しずつ貯めていた金をある日、道路工事の仕事場の先輩に盗まれ、泣いていた時、バーポに助けて貰った。  読み書きそろばん、全てを教えてくれて、計算が得意だと分かると帳簿の付け方なんかも教えてくれた。さらに、経理の短期学校にまで入れてくれたのだ。彼がいなかったら、シャンズは弟と妹を失っただろう。路上で物乞いをして生活しなくてはならなかったかもしれない。 「シャンズ。お前が私利私欲でこんな事をしたとは思っていない。素直に事情を話すんだ。会社のためか?」  バーポが私利私欲でそんなことをしない、と言ってくれたので、シャンズはほっとして胸が詰まった。急に涙がこみ上げてきた。 「……はい。資金繰りが悪いことは分かっていたので…。何か手を打たないと、絶対に将来的に経営が成り立たなくなるって分かっていました。だから、少しでも金を貯めておこうと思って、薬の密輸入に手を出しました。そしたら、ボイグさんに気づかれて責められました。  会社の経営が悪化しているのは、彼が娘を女学校に入れてからなのに、そのことを認めようとしないんです。娘がたかられて、会社一年分の稼ぎをたった二ヶ月で使い切ったと言っても、信じようとしないんです。それで、ボイグさんと喧嘩(けんか)しました。  でも…あの後……死んでしまうなんて。想像もしていなかった。まるで…俺が殺してしまったみたいで……。」  床に金が入った袋が落ちた音がした。シャンズが顔を上げると、目の前に(こぶし)があった。殴られて、後ろの棚に体を打ち付けた。 「この馬鹿!なんで、もっと早くに打ち明けなかった…!」  殴られた(ほお)がじんじんした。シャンズは口の中が切れて、地の味がする唾液(だえき)を飲み込んだ。手の甲で口を(ぬぐ)う。 「……ごめんなさい。でも…!言えなかったんです!怖かった!責められると思って、怖かったんです!俺のせいで死んだと言われて、殺人犯にされるんじゃないかって、怖くて言えなかった!」  シャンズが泣きながら叫ぶと、バーポが肩をぎゅっと握ってくれた。 「…お前のせいじゃない。私は信じてた。お前がそんなことはしないって分かってるよ。それに、お前も分かっている通り、サリカタ王国の検視や検死の精密さは、きっとルムガ大陸一だ。だから、事故死だということで、私もその結果を信じていた。でも…一言、相談して欲しかった。どうするんだよ、この金。」  シャンズはしゃくり上げた。涙を拭ってから口を開く。 「…少しずつ帳簿を改ざんして入れれば……。」 「だめだって。うちは今、目をつけられてる。ちょっとのことで、何を言われるか分かったもんじゃない。今の国王がサリカタ王国と敵対関係だと表明しているからね。困ったもんだよ。こっちは商売があがったりだ。」  バーポは言って、立ち上がった。 「ほら、お前も立て。」  バーポはシャンズを立ち上がらせた。 「それで、向こうで受け取るとか昨日、埠頭(ふとう)で話してたな。向こうで受け取る金って何だ?」  しっかり後をつけられていたらしい。シャンズは洗いざらい話した。ボイグが亡くなったため急に帰ることになり、サリカタ王国で薬の密輸入の前金を受け取り損ねたのだ。 「そういうことか…。つまり、向こうで相手はお前が金を受け取りに来ると思っているということだな?」 「……困ったな。サリカタ王国では薬の密輸入の規制を強化している。この新聞を見ろ。帰る直前に買っておいた新聞だ。」  バーポに(ふところ)から出した新聞を見せられ、シャンズはその記事に目を通した。サリカタ王国の警察組織は、たぶんルムガ大陸一なので、下手なことをしたら捕まるだろう。 「金は損するけど、(あきら)めるしかなさそうですね。」  シャンズは落胆しながら答えたが、それと同時にほっとしてもいた。やはり、悪事に手を染めるということは、いつ、ばれるか冷や冷やして安心していられなかったのだ。 「んー、口調の割には、なんか嬉しそうだな。やっぱり、怖かったか?捕まるの。ま、悪いことはしないに限る。今回限りで終わろう。そのまま、逃げるに限る。お前が一回ずつの契約で密輸入していたのは、その点では良かった。それに、金を受け取らないんだからな。払わないんじゃなくて。向こうも追いかけては来ないだろう。」  バーポは言いながら、新聞をめくった。 「でもな。ここを見ろ。薬の密輸出の規制は強化するが、薬草と副作用の少ない薬に限っては輸出の規制を緩和するそうだ。そのための会社を探すそうだ。」  シャンズは思わず顔を上げた。 「…じゃあ、望みが出てきたってことですか?」 「そういうこと。それに、こっちは我が祖国の新聞の方だけど。この記事。」  シャンズはもう一つの新聞を懐から出すと、後ろの面の小さな部分を指さした。コートを着ているからとはいえ、よく二つも新聞が入っていたものだ。 「あ…。薬と薬草に関しては、サリカタ王国との貿易を認める…。じゃあ、許可さえ取れれば…!」  シャンズは思わず喜びの声をあげる。 「これ、今朝の新聞。こっちは遅れるからね、情報来るの。たぶん、首都のウーカじゃとっくに知られた情報なんだろうけど。悪いことをしなくて、生き延びられそうだよ。雑貨の販売じゃなくなるけど、ボイグさんも分かってくれるはずだ。会社が生き残る方を優先するはずだ。  ティーザのことについては、なかなか私が話しても納得してくれなかったけど、愛娘だったし…でも、ベラが話してようやく話をするって言ってたんだ。だから、これからだって時に亡くなってしまって。残念だけど、私達でなんとかお店を残して行きたいんだ。  シャンズ。お前のやったことは悪いことだが、会社を思ってのことだった。それに、お前の金がなければ会社はとっくに潰れていた。一回だけだからな。お前を許すのは。二度はないぞ。」  シャンズは泣きながら、バーポに頭を下げた。 「じゃあ、サリカタ王国に行くか。」 「え?これからですか?」  シャンズはびっくりしてぐしゃぐしゃの顔で聞き返した。 「うん。その証拠ってのがあるだろう。そのままだとお前が犯人だって、ティーザは思い込むだろう。あの子、思い込みが(はげ)しいところがあるから。  解決しておかないとまずいし、それに、先にサリカタ王国で薬の売買輸出許可を申請して受諾しておいた方が、ズットス王国での申請もしやすいだろうと思ってね。向こうの許可があるなら、いいだろうって。お役所が判断しやすいようにしておかないとな。」 「……。」 「たぶん、お前はボイグさんのことでティーザと喧嘩(けんか)するだろうけど、理由がはっきりして事故だと納得したら、ティーザは二度と言わないよ。」 「…俺、残ってたらだめですか?」 「いいや、行くんだよ。問題は精算しておかないとな。」  社長命令である。仕方なくシャンズは(うなず)いた。
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