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第4章 夢のような街
フェイジュの街を、ベンスとランギークに案内されながら歩いていて、ティーザは目を丸くした。街は綺麗に整えられ、ゴミは落ちていないし清潔だった。何より目を引いたのは、乗り物だ。いや、乗り物だけではない。全てに目がいく。
そもそも、人々の服装が古風なのは、入国審査を受けている時から分かっていたが、街を歩いている人がみんなそうなので、思わず見つめてしまう。
ゲモと呼ばれるズボンを履き、足首までの皮靴を履いている。グマと呼ばれるシャツにゲマと呼ばれる中着、ギマと呼ばれる上着、さらにマントを羽織っている。マントは素材を変えたりしながら、春夏秋冬のほとんどで着用、調整は中着や上着で行う。さらに、上着の上から帯を締め、帯に剣をさすか剣帯を下げて剣を下げる。
女性もそのスタイルはあまり代わらない。ただ、ギマとゲマが長くなったり、ゲモが裾広がりになったりして、少しドレス状になっている。一見、ひらひらした服装に見えるが、案外機能的に動きやすそうだ。女性達は髪型に力を入れているらしい。馬の尻尾の髪型、つまりポニーテールが主流だが、女性の場合は横を編み込んだり、簪でおしゃれにしている。
男女ともに額飾りもつけている。男性はつけていない人もいるようだが、つけている人も多い。そして、ペンダントやチョーカーのような感じの首飾りも当然のようにつけている。女性は普通に石を連ねたようなネックレスもつけていた。イヤリングもつけている。
そのような服装が、最低でも五百年間は変わっていないという。多少の変遷はあるようだが、ほとんど変化がないらしい。
レイラの即席講座で教えて貰った。そのレイラの説明に、ベンスとランギークは驚いていた。
「…先ほどから思っていましたが、本当によくご存じですね。」
「びっくりしました。」
二人が言うと、レイラはそれほどでもありません、とは言わなかった。レイラが胸を張って答える前に、母親のアマンディアが口を出した。
「そうでしょう、うちの娘、賢いの。十三歳で史上最年少で大学に入ったのよ。しかも、女の子で初めてよ。さらに、十七歳で大学院まで卒業したわ。もう、民俗学の博士なの。本当に自慢の娘よ。」
アマンディアの勢いと話の内容に、二人の青年は若干気圧されたようだった。
「…凄いですね、たった十三歳で大学に入るなんて。」
「…別に馬鹿にしているわけではないのですが、ズトッス王国は昔気質というか、女性が働きにくいと聞いていたので、驚きました。」
昔気質って、あなた達の方がよっぽど昔気質じゃない?とティーザは思ったが黙っていた。確かにその通り、女性が働いて金を稼ぐのはあまり良しとされていない。理由は女が働くと男が怠けるからというが、本当にそれだけなのか疑わしい。
近くを馬車が通った。ゆっくり走って行く。ズトッス王国でも馬車はあるが、なんかこんなにのんきじゃない。
全体的に時間がゆっくり流れている気がする。本当に不思議だ。入国審査で驚いた機械のことがなければ、物凄く遅れていると思ってしまう。
そういえば、入国審査の手続きが終わった時、三人はそれぞれ不思議なブレスレットとペンダントを手渡された。スビンは最初からつけていた。彼は本当ならあんなに長い時間、入国審査をする必要が無いらしい。
それをずっとつけているように、ということだった。入浴の時などもずっとだ。面倒だと思わなくもなかったが、キラキラした特殊で色が綺麗な組紐を使った、ミサンガのようなブレスレットを見ていると、つけているのは苦痛ではなかった。だって、とても綺麗だし、とても軽い。
その後で、何か薬を飲むように言われて飲んだ。外国から病原菌を持ち込まないようにするためらしい。
それから、頭に機械をつけて不思議なベッドに寝た後、機械が回りを通って何かがあって、いつの間にか眠っていたら、爽やかな香りで目を覚ました。ぐっすり眠った後のように体が軽かったが、実際には数分しか経っていなかった。機械をはずして部屋の外に出て、入国ができる。
「ここから一番、近い民警の事務所は薔薇かどんぐりだな。」
薔薇とかどんぐりとかいう名前の付け方も、なんだか古風な印象を受ける。ランギークの言葉に対し、ベンスが口を開いた。
「どんぐりの方が良いんじゃないか。薔薇は少し高額だし。高価な貴重品を扱う場合に多い。」
「…でも、彼女達、高価な貴重品を持っている。」
確かにそうだった。母のペプリーナから父のボイグが譲り受けていた紫水晶のペンダントだ。
「どうしますか?少し値段は高めですが、高価な貴重品も預けられる方と、値段が手頃な方と。」
「値段が手頃な方の安全面はどうなんですか?」
レイラがすかさず尋ねた。
「安全面?」
「そこから、何か盗まれたりしたことってあるんですか?」
すると、ベンスとランギークは顔を見合わせた。
「…いや、ないと思いますが。」
「だったら、手頃な方でお願いします。」
レイラは素早く判断した。
「…大丈夫?」
思わずティーザは尋ねた。
「大丈夫でしょ。何も盗まれたことはないって言ってるし。見なさいよ。この治安の良さを。我らの祖国と比べて格段よ。きっと、手頃な値段でも祖国に行ったら、がっぽりお金を取られる金持ち用のガードと変わんないわよ。」
レイラの判断はもっともなように思えるが、預けるのはティーザの物だ。心配するティーザをアマンディアが振り返った。
「ティーザちゃん、レイラの言う通りよ。わたし、一年半住んでいたって話したでしょ。その頃に、ダイヤモンドのネックレスを公園のベンチに忘れたの。次の日になって気が付いて、公園のベンチに行ったら、まだあったわ。」
「……それなら、大丈夫そう。手頃な方でお願いします。」
なんというずぼらさだろう。ダイヤモンドのネックレスをどうして、公園のベンチに忘れたのだろうか。
「…ですが、それはあまり参考にはならないかと思います。たまたま盗まれなかっただけで。」
ランギークが急いで言う。
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