第4章 夢のような街

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「あら、そう?わたし、財布を落としたことが一回、財布を劇場に忘れたことが三回、ブレスレットをお手洗いに忘れたことが一回、それから…主人が腕時計を劇場に忘れたことが一回、お手洗いに懐中時計を忘れたことが二回あったの。いずれもちゃんと手元に戻ってきたわ。」  何を何回忘れたか、その回数を覚えているより、貴重品を忘れないようにした方がいいと思う。ティーザは今回の旅でも、アマンディアが何か忘れるかもしれないと肝に銘じた。  ティーザと娘のレイラでさえ(おどろ)いていたが、ランギークとベンスは尚更だった。えっ、と目が点になっている。 「だから、きっとお安い方で大丈夫だと思うわ。」  はあ、そうですか…と二人はやや引き気味で(うなず)き、どんぐり民警事務所に案内してくれることになった。 「チンチン電車に乗っていきます。」  ベンスが言った。 「ちんちんでんしゃ?」  ティーザ達は首を(かし)げる。 「街での移動手段です。馬車以外の。」  ずっと大人しく静かにしていたスビンが答える。彼はたぶん、自分がお呼びでないと分かっているので、静かにしているらしい。恥ずかしい話だが、そちらのイケメン二人に、女性陣が目を奪われているのを分かっているからだろう。  そういえば、とティーザは幼い時の記憶を呼び起こした。父のボイグが宙に浮かんだ、馬のない馬車のような乗り物、があると教えてくれた。わくわくして、とても面白かったので、次の日、近所の子ども達にその話をしたら、宙に浮く乗り物なんかあるわけがないと馬鹿にされて、とても悔しくて恥ずかしい思いをしたことがあった。  しかも、ボイグがほら吹きだとまで言われた。それ以来、その話は一切せず、記憶からも消去しようとしたのだ。その記憶がなんとなく呼び起こされてくる。 「ここに…サリカタ王国に何度か来たことがあるんですか?」  ランギークがスビンに話を振る。 「はい。仕事で何度も来ています。旅券を二回新しく作り直しました。」 「そんなに?」 「…それは多い?」  ベンスがランギークに聞いている。 「お前…外国に行ったことは?」 「ないよ。」 「私も一回だけ。それを考えれば分かるだろう。」  ああ、そっか、とベンスは(うなず)いている。 「そういえば、いつも不思議なんですけど、チンチン電車ってどうして浮いているんですか?蒸気機関車と別ですよね?うるさくないし、静かで不思議なんです。」  スビンが質問した。その質問の内容は全く理解できない。そう、馬鹿にされた最大の問題の浮くって?やはり、父の言ったとおり、浮くらしい。静か?音がしないってこと? 「外国から来た人はみんな、そう言いますよね。」  ベンスは頷いた。やっぱり、年が近い同性の方が話しやすいらしい。なんて言えばいいんだろう、と二人は考え込んでいる。話しているうちに、停留所らしき所に到着した。乗合馬車の駅というか、停留所と同じように停まる所が決まっているらしい。  スズランの花を上向きにしたような、可愛いデザインのガラスのポットが上についた、ガス灯のような柱が立っている。とても可愛らしい。その柱には時間表のような物が貼ってあった。さらに、側に屋根がついた簡単な建物が建っていて、待っている人の日差し避けとか、雨が当たらないようにするための物と思われた。 「ほら、そこに石が敷いてあるでしょう?」  ベンスが指さした。よく見れば、ほかの道とは違う石畳だ。ズトッス王国でも石畳がしかれているが、根本的に敷方が違う。ズトッス王国ではとにかく、石を道に敷き詰めた感じで、多少は雨の流れなどは考慮されているようだが、基本的に道が泥で汚れないようにするためのものだ。  大きな街では小さな石を敷き詰めて、馬車が通りやすいようにしてあるが、ティーザが住んでいる地方都市のトスガでは、昔ながらのゴロゴロした、馬車は通りにくい石畳だ。  それに比べて、サリカタ王国の石畳はきちっと隙間なく並べられており、石畳がある所とない所があった。ない所には芝生が生えていて、石と緑の葉っぱと交互に模様のようになっている。  ベンスが指さした石は、どことなく赤っぽい色が強いような感じだ。他の石は薄いベージュのような色合いが近いだろうか。しかも、どの石も紙でも切ったように綺麗に切られている。 「この赤みの強い石の上を電車は走るんです。浮く原理は…磁石をご存じですか?」  ベンスの説明に一同は頷いた。ティーザは学者一家と友人同士だし、スビンはサリカタ王国に出入りすることで、知識を蓄えていたので、意外に物知りなのだった。そうでなければ、女学校でも磁石について、習うことはない。礼儀を学ぶ場所で、理科などは習うことはないからだ。 「この赤い石はいわば、磁石なんです。おおざっぱに言えば。磁石がくっつく方と反発する方とあるのをご存じですか?」 「それは…知っています。」  スビンが答える。ティーザもそれを知っている。レイラの兄のマイリスが持っている磁石を見たことがあるからだ。 「この赤い石によって、空中に物を浮かせているんです。とても、大雑把な説明ですが。」  ベンスの説明にレイラが質問した。 「…鉄鉱石でもないのに、どうやって磁力を持たせるんですか?どう見ても、この石が磁石には見えません。」 「石の中の鉄分は、石の中でバラバラなんだそうです。そこに、高電圧の電流を一気に流すと鉄が一定の方向を向き、磁力を保つんだそうです。普通、そういう現象は落雷が石に落ちたときに起きる現象なのですが、これらの石には、人工的に高電圧の電流を流し、磁力を持たせているんだとか。私も専門家ではないので、詳しいことは分かりませんが。」 「たったそれだけで…その電気の仕組みもよく分からないんですが、それだけで人が乗るような乗り物を浮かせられるんですか?」 「それだけでは(むずか)しいんです。私もよく分かりませんが、反重力を持たせているそうです。」  レイラでさえ意味が分からず、首を傾げた。 「…わたしには分からない。兄さんでないと理解できんわ。」  レイラが理解できないものを、当然ティーザやアマンディアが理解できる訳がなかった。
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