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ベンスが困ったように苦笑いした所で、その肝心のチンチン電車が走ってきた。気が付いたら向こうから出現している。静かなので気づかなかった。
「!ほ、本当に浮いてる。」
「なんで!?反重力を持たせるってどういうことよ?そもそも重力って…上から下に落ちる力じゃないの?その逆で浮くってこと?」
ティーザとレイラが驚いている間に、そのチンチン電車が目の前にやってきた。スズラン型のガス灯のような柱の所で、停まる。チーン、という音と共に停車し、扉が自動でスーッと開いた。
あー、だからチンチン電車…。名前に納得したが、完全に理解不能だった。どうして、自動で開くのか分からない。そして、浮いているのはどうしてだろう。
「さあ、来ましたよ。乗りましょう。」
彼らは親切に言ってくれて、ベンスが先に乗ってみせた。レイラは不審そうに浮いた車体を見つめている。
「レイラ、大丈夫よ。わたしも昔、楽しくて何度も乗ったわ。」
アマンディアが乗り込んだ。
「レイラ、乗ろう。」
ティーザは恐る恐る先に乗ってみた。思ったより安定感がある。馬車の方が揺れるかもしれない。
「レイラ、馬車の方が軋んでる。そんな感じがする。車輪がない分、かえって安定してるかも。」
「……確かにそれはそうね。落ちても死ぬ高さじゃないし。」
レイラも階段一段分の高さの乗り物に乗った。
「…確かに思ったより揺れないわ。」
レイラが検証している横で、スビンとランギークが乗り込んだ。他の人がいなかったので良かったものの、いれば人の邪魔になっただろう。
ブーンという低音がしたかと思うと、静かにスーッと車体が進み始めた。そして、次の停留所でまた停車する。停車する直前にチーンという音がして、扉が開くときにもチーンと音がした。落ち着いたレイラは考え込んだ。
「停まる時と走り出す時の音が違うわね。」
「あのう、人が乗ってくるので…。」
スビンが遠慮がちに言うと、レイラは気が付いた。
「あぁ、ごめんなさい。」
奥に詰めてからレイラは考え込む。中には椅子もあり、きちんと人々は奥から順番に座ったり立ったりしていた。中には前方の区切った所に人が一人いて、その人が操縦しているようだった。
立っていても全然、揺れず静かだ。考えても分からないので、ティーザは最初から考えなかった。それよりも、その乗り物に乗るのを楽しんだ。
「ここで降ります。」
ベンスとランギークの案内で、一同は下車した。降りるのが残念なくらい楽しかった。
「どう、ティーザ、楽しかったでしょ、この乗り物。」
アマンディアに聞かれて、ティーザは大きく頷いた。
「おばさんが何度も乗ったっていう理由が分かりました。だって、とても不思議です。静かで揺れないし、煙も臭いもしません。蒸気機関車は騒々しい音はするし、黒い煙は出るし、むせこんで目にしみたり、ごろごろしたりしますけど、これは全く何もない。」
「そうでしょう。マイリスにもことあるごとに言って聞かせてあるから、どうやったらそんな機関が出来るのか、見に来ると言い張ってたもの。」
ティーザは内心、出て来る前の大騒動はアマンディアに原因があったのかと納得した。
レイラの兄のマイリスは、ズトッス王国の蒸気機関の国立研究所の所長をしているが、家族がサリカタ王国に行くという話を聞いてから、突然、辞職して家に戻ってきてしまった。
本人曰く、ちゃんと辞職してきたと言うが、年上のしっかりした部下達は、大慌てで所長を探しにやってきた。辞職ではなく、有給休暇に変わっており、父のブリオスが急病ということにされていた。
そして、泣く泣く連れ帰られていったのだった。
「あぁ、お嬢さん、危ないよ!」
突然、人々の声が上がったので、ティーザとアマンディアは声の方を注視した。
「!」
レイラが地面にかがみ込み、車両の下を覗き込んで手を下につっこんでいるではないか…!
「まあ、レイラったら…!何してるの!迷惑になるでしょ…!」
アマンディアは慌ててレイラを引き剥がしに向かった。一方、ティーザは恥ずかしくて動けない。さすが…天才児二人を育ててきたアマンディアは違う。堂々としたものだ。自分も、もう少し堂々とした方がいいかもしれない。
「ちょっと待ってよ、母さん、もう少しで見えそうなんだもん…!どんな仕組みか見たいのよ…!手触りは石なんだけど、特別な石かどうか確認するんだから…!」
アマンディア一人では苦戦しているため、仕方なくティーザも一緒にレイラを車両から引き剥がしに手伝う。どうせ、一緒にいるのを見られているのだ。と自分に言い聞かせて、恥を忍んだ。
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