11人が本棚に入れています
本棚に追加
第5章 信じていたかった悪夢
シャンズはバーポと一緒にサリカタ王国のフェイジュの街を歩いていた。バーポがいなかったら、シャンズは捕らえられていたかもしれない。
ティーザ達が入国した時、多少いざこざがあったらしい。しかも、やはりというか、案の定というか、ティーザ達はシャンズがボイグを殺したのではないかと疑っているという。
バーポが丁寧に説明して、ボイグ自身が全容を把握しておらず、誤解であることを話して、ようやく納得して貰えたのだ。
「全くというか、案の定だったね。だけど、お前が私と一緒にいることで、かえって向こうはお前が殺したんではなく、事故だろうと思ったようだ。実際にそうなんだから、それ以上の答えはかえってねつ造なんだけど。
本当に犯人だったら、私と一緒に行動なんかできないだろうし、民警と一緒にいるティーザ達に会いに行くというのも、ないだろうと判断したようだし。」
「本当にバーポさんがいてよかったです。でないと俺、あの子に犯人にされる所でした。というか、そもそも父親のボイグさん自身が思い込みが激しい所がある人だったっていうか……。あの人も、俺が横領しているせいで、会社の経営が傾いているって思っていましたし。」
シャンズがぼやくと、バーポは苦笑した。
「まあな。私もティーザのことを理解して貰うのに苦労した。でも、もうボイグさんは亡くなったし、故人のことをどうこう言っても始まらない。それよりも、生きている人達のことが大切だ。」
バーポに穏やかに説明されると、シャンズも素直に話を聞けた。
「はい。そうです。ティーザ、あの子も可哀想な子です。父にも母にも先立たれて、本当に心細かったって思います。その上、家も手放さなくてはならなかったんですから。
俺には弟達がいたから良かったけど、それで頑張る気力が沸いてきたけど、そうでなかったら、頑張れなかったかもしれません。友達と家族は違いますから。一人よりはいいって言っても、家族とは違います。」
ややうつむき加減にシャンズが話していると、隣を歩いているバーポの歩みが止まった。何だと思って前を向くと、そのティーザ達が目を丸くして二人を凝視していた。
「……案の定、思い込みでお前が殺したと思っている様子だな。少なくともお嬢さん方は。」
バーポは苦笑し、シャンズは気が重くなった。胃の辺りがずんと重くなる。
若いティーザと友人のレイラは、完全にシャンズを敵とみなしているようで、物凄くきつい目で睨みつけてきている。ただし、レイラの母のアマンディアだけは、おや、と首を傾げている。
昨日、入国審査官のベイリス・ソーミに、彼女達がどこのホテルに泊まっているか聞いていたので、そのホテルに近い通りを歩いていた。もちろん、彼女達に話をしに行くためである。
昼も過ぎておやつ時との間くらいの時間のため、昼食をどこかのレストランで済ませ、ぶらぶらしながら戻ってきた所なのだろう。バーポとシャンズは屋台で買った、サンドイッチで終わっている。結構、具材が多いのでお茶でも飲みながら食べるとお腹が膨れるし、甘味の屋台で甘いお菓子でもちょっとつまめば、腹は膨れた。
お土産に別の屋台で買った、米粉を使ったポルリという蒸し菓子を詰め合わせて貰い、袋に入れて手に提げていた。
「…なんで?なんでここにいるの?」
ティーザが呟くように言った。目が据わっており、これは話がすぐに通じそうにないとバーポは思う。苦労するだろう。案の定、ティーザは小走りにやってシャンズを睨みつける。
「なんで、ここにいるのよ!?」
ティーザの大声に、レイラとアマンディアがはっとする。シャンズも困ったようにバーポを見上げた。
「…あんた、何しに来たの?もしかして、証拠を隠滅するため?きっとそうなんでしょ!?証拠隠滅のために来たんでしょ!父さまを殺した人殺しが、何のためにこんな所に来たのよ!」
最初はバーポに人殺しと言い、今度はシャンズに人殺しと叫んでいることにティーザは気がついていなかった。とにかく、ボイグが死んだことを誰かのせいにしたかったのだ。まだ、父の死を受け入れられなかった。父が大切にしてきた会社が倒産の危機にあう理由を作ったのが、自分だと受け入れられなかった。まだ、現実だと思えなかったのだ。
半分、どこかで夢だったらいいのに、そんなことさえ思っていた。だから、ボイグがシャンズを疑っていたことを知り、やっぱりシャンズが犯人だったに違いないと、その考えに飛びついて、それ以上のことを考えもしていなかった。
レイラに叱り飛ばされた通り、どこかで悲劇のヒロインぶっている所があった。それに気がついていなかった。女学校時代、いじめられて嫌だったことが身についてしまっていたのだ。
「何とか言いなさいよ!何しに来たのよ、バーポさんまで一緒に!もしかして、バーポさんも騙しているの!?観念しなさいよ!こっちには証拠もあるんだから!父さまが証拠を握っているって分かって、焦って取り返しにきたんでしょ!奪ったって無駄なんだから!」
途中から、何度もレイラとアマンディアに「ティーザ!黙りなさい!」と注意を受けたのにも関わらず、ティーザはまくし立てた。
「これ以上、父さまのものは奪わせないんだから!」
ティーザは叫びながら、シャンズを鞄で殴りつけた。それに驚いて、シャンズが取り落としたお土産のお菓子の箱が入った袋を睨みつける。
「何よ、お菓子なんかで懐柔するつもりなの!?これしきの、こんな屋台のお菓子なんかで、私を懐柔するつもりだったの!高級店のお菓子ですらない!まずいに決まってる!百歩譲っておいしかったとしても、わたしにはいらないもの!こんなもの、こうしてやるわ!」
ティーザは自分が正しいと思い込んでいる。だから、平然とその地面に落ちたお菓子の箱を踏み潰した。その上、何度も踏みつけては踏みにじる。完全に傲慢なお嬢様の姿だった。ティーザだけが自分の姿に気づいていない。
一同はさすがに、狂気じみたティーザの行動にびっくりして呆然と見つめていた。シャンズはどこか泣きそうな顔で、それを見つめている。
最初のコメントを投稿しよう!