第5章 信じていたかった悪夢

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「いいよ。」  シャンズは肩をすくめた。なんと言ったらいいか分からずに、おどおどしているティーザにシャンズは続けた。 「俺も……。お嬢さん、俺もあんたを見ていると、十三歳の頃を思い出すんだ。」 「……え?」 「俺は、十三の時、両親を馬車の事故で亡くした。二人同時に乗合馬車の事故で亡くしたんだ。即死だったら、それはそれで大変だったかもしれないけど、でも、即死だったらどれだけ良かったかと思うほど、一週間ほど大けがで苦しみ抜いて死んだ。」 「……。」 「十三歳で両親を亡くして、俺は途方に暮れた。葬式代も借金になったし、弟と妹も養わなきゃならない。今まで住んでいたアパートは追い出されて、欲深いと有名な大家が憐れんで貸してくれたのが、ぼろアパートの最上階。雨漏りしててさ。でも、弟と妹がいたから、それでもありがたかった。  路頭に迷うより(はる)かにましだったから。弟達を養うために、なんとかがむしゃらに働いていたよ。必死に金を稼いでいた。必死に働いている間は、両親が死んだ悲しみを感じずにすんだ。  お嬢さん、あんたがボイグさんの死を……あんたのお父さんの死を、誰かのせいにしたいのも分かる。あの当時の俺もそうだったから。誰かのせいにしたかった。御者の腕が悪かったから、あるいは、すれ違った馬車の持ち主の管理が悪いせいで車軸が折れたんだろうとか、とにかく、父さんと母さんが死んだ“本当の理由”とやらを必死に探していた。  でも、たまにどうしようもなく、悲しくて悔しくてどうにもならない時もあるんだよな。俺もあった。せっかく働いて貯めた金を、先輩に盗まれてさ。あれがなければ家賃を払えなくて、ぼろアパートさえ追い出されるかもしれないっていうのに盗まれた。  もう、あの時は力が入らなかった。地面にしゃがみこんで泣いた。悔しくて、悲しくて、なんで俺だけこんな目に遭うんだって、世の中を恨んで、盗んだ先輩を憎んでさ。親切にしてくれて、優しかっただけに裏切られた時の悲しさやら、なんやらショックもすごかった。  そんな時にバーポさんに、何をやってるんだって声かけられて。子供が夜に地面に座り込んで泣いていたから、助けてくれた。本当は、先輩に裏切られた直後だったから警戒(けいかい)もしたけど、でも、これ以上悪くもならないだろうとも思った。  だから、声をかけてくれた優しさに甘えて、洗いざらい何でも話した。そしたら、家賃を肩代わりしてくれた。その上、屋台で三人分の飯を買ってくれて。酒飲みの店だったから、子供の俺では相手にして貰えなかったけど、バーポさんのおかげで買えた。  家に帰って、弟達に飯食わせて、バーポさんが明日から、うちに来いって呼んでくれた。それから、俺はバーポさんに読み書きからなんでも教わって今がある。  あの時は、本当に涙が出るほど嬉しかった。少し前までは、もう人生が終わったと思って泣いていたのに、うれし泣きに変わってた。自分が不幸だって思っている間は、不幸しか目につかないんだよな、不思議なことに。そのことを俺も忘れてた。」  ティーザは目を見開いたまま泣いていた。泣きながら、シャンズの顔を見つめていた。そんなに大変な人生を送ってきているなんて思わなかった。父を失って、どうしたらいいか分からないでいる、この気持ちを分かってくれる人が、父を殺したと思っているシャンズだとは思わなかったのだ。  何ていう皮肉だろう。どこか自暴自棄になっている、自分がしたことの大きさに押しつぶされそうになっていて、誰かのせいにしたい、そんな気持ちを分かってくれる人が、父のボイグを殺したことにしたかったシャンズが分かってくれるなんて。 「……ごめんなさい。」 「お嬢さん、だから、いいって言っただろ。俺もお嬢さんにきちんと話さなきゃいけないことがあるし。誤解されても仕方ない。」  シャンズは肩をすくめた。 「まあ、ティーザも落ち着いたようだし、部屋に入ろうか?」  バーポが促した。はい、と言ってティーザは(うなず)き、シャンズが手に持っている、自分が踏みつけにしたお菓子が目に入って、とうとうティーザは泣き崩れた。  アマンディアとレイラが肩を支えてくれる。なんだかんだ言って、レイラが一番の親友だ。いろんなみっともないところを全部見られている。そして、見られていても恥ずかしくないという、本当に家族みたいな一員になっていた。アマンディアが優しくティーザの背中を()でてくれた。  一同がホテルに向かって歩き出した時だった。 「あのう。」  と声がかかって、みんな振り返った。ティーザだけは振り向けなかったが。ベンスとランギークだった。 「これ、どうぞ。」  そう言って、二人はティーザが踏みつけにした、あの蒸し菓子の箱を差し出した。しかも、心なしかその箱の大きさが大きくなっている。いや、心なしかどころではなく大きい。 「……えーと、君達は?」  バーポが戸惑いながら、二人の青年に尋ねた。 「その方達は、わたしたちが今日、街の案内を頼んでいた人達です。お二人のお仕事の都合もあって、今日、頼んでいたの。記録解除士?のベンスさんと、民警のランギークさんです。」  アマンディアが歌うように、バーポとシャンズに伝え、紹介された二人は軽く会釈した。 「あのう、お忙しいようなので、街の案内はまた後日ということでいいですか?」 「はい。それでお願いします。」  すかさずレイラが答える。 「それで、このお菓子なのですが、とてもおいしんです。皆さんで味わって頂きたいので、勝手ながら買ってきてしまいました。皆さんで味わって下さい。」  苦笑してバーポとシャンズは顔を見合わせた。さらに、アマンディア達とも顔を見合わせてから、バーポが頷いたのでシャンズが前に進み出た。 「わざわざありがとうございます。でも、お金はお支払いします。」 「いいえ。私達が勝手にお節介でしたことです。ですから、どうぞ受け取って下さい。」 「私達からの贈り物です。一度食べたら忘れられませんよ?歌劇にも出て来るお菓子ですから。」  二人の笑みにそれ以上は言えず、シャンズは素直に受け取った。 「それでは、ご厚意に甘えさせて頂きます。」 「本当にありがとうございます。」  シャンズとバーポが礼を言い、アマンディア達も礼を言った。なんとか、ティーザも礼を言えた。本当はさっきのことで謝りたかったけれど、ありがとう以外の言葉は言えそうになかった。  二人は嬉しそうに笑うと、颯爽(さっそう)と帰っていった。 「じゃあ、みんなでお茶でもしましょうか? つもる話もあるようですし?」  アマンディアの一声で、今度こそホテルの中に移動したのだった。
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