第2章 夢の国へ出発

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第2章 夢の国へ出発

「ええーと、僕、自信ないなあ、どうしよう。えーと、なんて言えばいいのかなぁ。」  ずっと、スビン・モルグは言っていた。大概(たいがい)、この独り言に他の面々は困り切ってお互いに顔を見合わせた。  今、サリカタ王国の国境付近にいる。もうじき、国境で入国許可を得るための手続きをしなくてはならない、というのにこの調子だ。彼にはこの任務が非常に重荷だ。  それは、分かっている。なぜなら、彼はいつも雑用の仕事が多く、大事な仕事はもっぱらボイグやバーポ、シャンズが行っており、彼はしたことがないのだから。  ティーザは、父のボイグが残した記録の中身が何か調べるために、サリカタ王国に入ろうとしていた。一緒にいるのは、レイラとアマンディアとそして、このスビンだ。誰がティーザと一緒に行くかで一騒動が起こったが、結局、アマンディアとレイラが一緒について来ることになった。  そして、一緒に来る人はスビンではなく、シャンズだったのだが、バーポの仕事の関係で行けなくなり、急遽(きゅうきょ)スビンに白羽の矢が立った。入国審査の許可の申請などは初めてだが、何度も出入りしているし、大丈夫だろうということで彼がついてきたのだが、最初から彼は自分には無理だと言っていた。  でも、人もいないし、仕方なく彼がその役目を引き受けたが、今、一同は彼の主張通り、別人にした方が良かったのではないかと思っていた。 「…どうしよう。」  スビンは言いながら胃の辺りをさすっている。数日前からずっとだ。その様子を見ていると、しっかりしなさいよ、などとは言えそうもない。さすがのレイラも黙っていた。  とうとう順番が前の人になった。 「ど、ど…どうしよう…!」  スビンが焦り始める。 「…大丈夫よ、落ち着いて。ほら、深呼吸をなさいな。」  アマンディアがスビンを落ち着かせようと、背中をさすった。だが、彼はますます体を強ばらせて緊張している。レイラが首を振って、逆効果だと母に教える。仕方なく、アマンディアも背中をさするのをやめた。  そして、とうとう順番がやってきてしまった。ようやく巡ってきた順番なのに、今は良かったのか悪かったのか、とにかく無事に済むことを祈るしかない。  入国審査官の前に、なんとかスビンは進んだ。だが、そこで固まってしまった。 「名前はなんですか?」  ズトッス王国からの入国者なので、最初からイル=ズットス語で聞いてくる。 「………えーと。えーと、その。」  スビンは言った後、完全に石のように固まってしまった。 「名前よ、名前。」  後ろからレイラが小声でスビンに言うが、彼の耳には入っていないようだ。 「名前は何ですか?」  もう一度、入国審査官が尋ねる。 「………。」  完全に固まっている。 「何の目的で入国したいのですか?」  入国審査官が質問を変えたが、表情が険しくなる。良くない兆候だ。 「あなたの名前を言って下さい。名前です。」  とうとう、もう一人、異変を感じた入国審査官がやってくる。 「聞こえますか?あなたの名前は何ですか?」  もう一度、入国審査官がゆっくり、大きな声で尋ねた。それでも、スビンは固まっている。レイラもティーザもアマンディアも後ろから、名前よ、名前…!と言っているのに、いっこうに耳に届かない。  入国審査官達は話し合いを始めた。それを見たティーザ達は顔を見合わせた。目で非常にまずいんじゃない?といっても、手の打ちようがない。 「ちょっと、別室でお話しをお伺いしましょうか。後ろが詰まってしまいますので。」  入国審査官達がスビンの腕に手をかけた。ティーザ達は目を丸くした。どうしよう、初っぱなから、何、これは…! 「スビン、どうした?」  その時、向こうから男性の声がした。入国審査官の方に、声の主がやってくる。見ると彼らと同じ入国審査官で、ただ制服につけているバッジの色が違う。  そう、父のボイグに聞いていたように、サリカタ王国の人々は古風な出で立ちだった。入国審査官達も昔からの民族衣装に、帯剣してマントを羽織っている。他の人達は青色のバッジだったが、彼のは赤色だ。  だが、何より目を引くのは、馬のしっぽの髪型、ポニーテールであることだ。男性も髪を長く伸ばす風習があるサリカタ王国では、昔から変わらぬ髪型だった。  しかし、実際に現実を目の前にすると、不思議な気分である。ただ、スビンのせいで入国審査に緊張し、周りの人の様子をじっくり観察している余裕はなかった。 「どうした?」  彼はスビンを連れて行こうとしている、入国審査官達に尋ねた。様子からして、どうやら彼らの上司のようだ。何やらお互いに話をして、スビンは解放された。 (…天の助けだ…!)  他の三人は心よりほっとした。 「スビン、もしかして、ボイグさんが亡くなってから、初めての入国か?」  スビンは大きく頷くと、口を開こうとして代わりに嗚咽(おえつ)が漏れた。 「…う、う…わぁ…あの…○@~×…。」  何か泣きながら必死に言っているが、もはや言葉になっていない。 「…そうか、そうか、頑張ってここまで来たんだな。」 (!え!意味が分かってんの!?)  同じズットス王国の国民で、しかも一緒に旅してきた三人が分からないのに、外国人の入国審査官が分かっているって、どういうことだろう。三人は困惑しながら、顔を見合わせる。 「…きっと、あれよ。適当に話を合わせて(なぐさ)めてやってるのよ。スビンがどういう性格か分かっているから、おおよそ何を言うのか分かっているのね。」  レイラが疑い深く、眉間に(しわ)を寄せて言った。実際の所、そうでないと全く信じられなかった。  相変わらずスビンは泣きながら何か言い続けているが、どんなに耳を澄ましてみても、何を言っているのか分からなかった。 「…ああ、なるほど、ボイグさんのお嬢さんに送られてきた、記録版の記録を解除して欲しいと。」 「!」  ティーザもアマンディアも、何よりレイラが一番ショックを受けた顔をしている。今の言葉は、確実にスビンの話の内容が分かっているとしか、思えない。だって、入国審査官がティーザ宛てに後から記録版が送られてきたなんて、適当に話を合わせているだけでは、分かりっこないことだからだ。 「そうか、お前にしては頑張ったな。よく今まで固まらなかったもんだ。ほら、これで涙を拭え。」  入国審査官は近くの台上から、柔らかな布のような紙を手渡した。スビンは当たり前のようにその紙を使って涙を拭い、鼻をかんだ。 「まあ、何もないとは思うがその記録版を調べ、何もなければ記録の解除となる。ここでも記録の解除はできる。もし、そうなれば入国手続きをせずとも、今日、ここで終わってそのまま帰ることもできるが…。」  入国審査官はそう言いながら探るように、スビンの後ろの三人を見やった。 「そ、ソーミさん、ありがとうございます。でも、解除して欲しい記録は記録版だけではなくて、お嬢さんに残された遺品の記録も解除して欲しいんです。」  ようやくスビンがまともに話した。 「遺品の記録か…。遺品は何だった?」 「…あ、あの、僕は何か知らなくて、その。」 「分かった。慌てなくていい。一つずつゆっくりしなさい。まずは後ろの三人を連れてきてくれないか?彼女達だろう?」  スビンは勢いよく頷いた。 「そうです。」  そう言ってスビンはようやく、三人を振り返った。急いで手招きするので、三人も緊張しながら近づいた。 「…えーと、この人がボイグさんの娘さんで、ティーザさんです。」  ティーザはおずおずと自己紹介した。 「…わたしはティーザ・ゴスです。よろしくお願いします。」 「それで、この人達は親子で、ゴスさんとティーザさんのご友人です。お母さんのアマンディア・ダルさんと、娘さんのレイラ・ダルさんです。」  スビンは落ち着けば、きちんと話すことができた。 「私はベイリス・ソーミ、ここでの入国審査官長です。」  スビンが親しげにしていから、少し上くらいの人だと思っていたら、長のつく人だった…。アマンディアとレイラも挨拶をした所で、ベイリスが(むずか)しい顔で居住まいを正した。 「ティーザさん、お父様のボイグさんのことについては、本当に残念に思います。とても、良い方でした。早く両国の関係が良いものになって欲しいと、心からそのことを願っておられました。  まさか、事故に()われるとは思わず、突然のことに私も未だに信じられません。お悔やみ申し上げると共に、心から哀悼の意を表します。」  そう言って、丁寧に頭を下げてくれた。ティーザはびっくりして、ベイリスを見つめた。まさか、外国の入国審査官長が悔やみの言葉を述べてくれるとは、思いもしなかった。何か言おうと思ったのに、胸が詰まって涙がぼろぼろ(あふ)れ出てきた。 「…ティーザ。」  レイラがティーザの肩を抱いて、ハンカチを渡してくれた。 「…驚いてしまって…。本当にありがとうございます。ボイグさんはどこでも、愛されている人だったんですね。このようなお言葉を頂けて、本当に感謝致します。身内でもないのに、変な話かもしれませんが…。わたし達は仲の良い友人同士でティーザのことは幼い頃から、ボイグさんが留守の間、預かったりしていましたから。」  ティーザの代わりに、涙を拭きながらアマンディアが言葉を返してくれていた。 「そうだったんですね。申し訳ありません、気が付かず。別室に移動しましょう。そこで、遺品と記録版を確認させて頂きます。」
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