第2章 夢の国へ出発

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 ティーザが泣き出してしまったため、ベイリスは四人を別室に移動させてくれた。なんて、親切な人なんだろう。しばらく、ティーザが泣き止むまで、ベイリスはそっとしておいてくれた。頃合いを見て、お茶が運ばれてきた。 「どうぞ。薔薇(ばら)のお茶です。」  お茶を運んできた、まだ、少年の雰囲気が残っている青年が、穏やかに説明してくれる。確かに薔薇の香りがふわっと漂っている。 「…まあ、本当にいい香り。」  アマンディアがにっこり微笑む。大抵の男性はこの笑顔に心をわしづかみにされるが、この青年にもベイリスにも通用していない様子だった。失礼します、と挨拶して青年は退室していく。  そう言えば、ボイグがサリカタ王国には美男と美女が多いと話していたな、とティーザはティーカップを手に持ったまま、思い出した。いい香りだが、少し酸っぱい。 「ありがとうございました。」  ティーザのためにしてくれたので、礼を言うとベイリスはにっこりした。 「いいえ、こちらこそ、ボイグさんのお嬢さんに会えて嬉しいです。それで、記録版と遺品を見せて頂けますか?」  ティーザは頷くとティーカップを戻し、大事に(かばん)に入れていた記録版と母の手がかりである、紫水晶のペンダントが入った小箱を出した。 「これです。」 「少し、お借りしますよ。」  ベイリスは記録版を木の枠から外した。薄い水晶の板だ。それを腰につけている鞄の中から出した機械に取り付けた。何か発光してチュィィンというような、不思議な音がしていた。それが終わると、もう一枚に取りかかる。最後にペンダントは、水晶石板を乗せた機械の上に乗せて上から光を当てた。それも、同じようにチュィィンと音がしている。  調べるとはどうやら、このことらしい。もっと、何か別の場所に持って行かれるとか、覚悟していたがそうではなかった。 「異常はないようです。」  ベイリスはその機械をしまうと、記録の水晶石板と似たような機械を取り出した。ティーザが持っている記録された水晶石板によく似ている。彼が何か指で触れると、水晶石板のような物が発光した。何かが表面に映し出されているようだ。  スビンは見慣れているようだが、他の三人はその機械に目が釘付けになっていた。一体、どういう原理でそうなっているのか、全く理解できない。さらに、ベイリスは謎の行動をした。耳につけているイヤリングみたいな物に軽く触れると、何か独り言を言った。 「こちら、ソーミ。記録解読士を呼んで欲しい。」  まるで、電信通信か何かをしているようだ。しかし、その機械の姿を確認できない。あるとすれば、どう見てもイヤリングしかない。サリカタ王国では、男性が身を飾るのも普通のようだ。先ほどの青年も額飾りと首飾りをつけていたし、ベイリス自身も同じだ。公の仕事についている人も身を飾るのは普通のようで、もしかしたら飾り物も含めて制服なのかもしれない。 「どうも、失礼します。」  やがて、一人の女性が入ってきた。まだ、少女と言っていいくらいの若い女性だ。 「ミイム=リリン・プポ・リタと申します。よろしくお願いします。」  名前を聞いた途端、レイラの表情が動いた。きっと、この不思議な音の名前からして、森の子族と言われる、先住民らしき人々の名前だろうからだ。  リリンは薄い褐色の肌をしており、ズットス王国では田舎の地方にしか見ない。田舎の地方に先住民族の血を引く人達が追いやられて、そこにしか住んでいないのだ。柔和な面立ちをしていて、なかなかの美人だと思う。 「それでは、記録版の解除をします。」  彼女は言うと、鞄の中からベイリスが取りだしたような機械を取り出し、机の上に置いてあった水晶石板を手に取った。似ているが少し違うようだ。先ほどの機械には(ふた)はついていなかったが、この機械にはついている。  彼女は中に記録版を木の枠から外して設置すると蓋を閉めた。さらに、何かボタンを押して、指で蓋の真ん中辺りの模様にそっと触れた。チュィィィィン、とさっきより小さくて高い音が(かす)かにしている。機械が淡くて白い光りを放った。思わず息を止めて見つめる。やがて、光りの色がやや薄いクリーム色になったかもしれない、と思ったところで彼女は指を離した。  途端に光りが消え、機械の音も小さくなっていって、ゆっくり止まった。蓋を開けて、水晶板を取り出す。そして、先ほどベイリスが使っていたような、機械に取り付けてボタンを押した。やはり高音を出しながら、光りを放つ。美しい光に魅了(みりょう)される。彼女はさっきの機械にしていたように、指を水晶石板に触れていた。  水晶石板の色が変わった。透明だったのが少し白濁したように見える。そして、リリンが指を離すと光も消えた。先ほどの蓋付きの機械に取り付けて何か操作していたが、やがて、その機械ごとティーザに見せた。 「はい、これが一枚目の記録です。」  なぜか、どういう仕組みなのか、蓋の内側に字が浮き上がった。投影されているのだろうか?とても、不思議で綺麗で、そのこと事態に目を奪われてしまい、なかなか書いてあることの内容に目が行かなかった。  書いてあることは、サリカタ王国での取引の内容についての記録のようだ。いろいろティーザには難しいことが書いてあって、レイラに見て(もら)う。 「これはサリカタ王国での取引の内容よ。でも、この先はどうやって見るのかしら?途中で終わっているけれど…。」  レイラの発言にリリンが(おどろ)いた表情を浮かべる。それもそうだろう。レイラは本や字を読む速度が非常に速い。 「もう、そこまで読まれたのですか?このボタンを下に押すと下に続きます。前のページに行くときはこっちのボタンを押して下さい。」  レイラは説明を受けると瞬く間に、その機械を使いこなして資料に全部目を通した。 「…あのう、疑問なんですけど、これを紙に印刷したりしないんですか?それに、この記録は…なんだか、最初は紙に書いてあるように思うんですけど。」  ティーザがおそるおそる質問すると、リリンは頷いた。 「そうですね、この記録は元々、紙の記録を記録板に移したもののようです。紙に印刷したいのならできますが、ちょっと部屋から持ち出さないといけません。その前にもう一枚も確認します。」  リリンはそう言って、先ほどの要領でもう一枚も解除した。今度は最初からレイラが目を通し始めたが表情が険しくなり、ティーザを呼んだ。 「ちょっと…これを見て。」  レイラに言われて、ティーザはその内容を見た。思わず息を呑む。 「…これって…どういうこと?父さまが会社のことで悩んでいて、ちょっと見たメモの内容なんかで、不正があるようだと疑っているのは知ってた。分かってたけど、てっきりバーポさんだと思ってた。まさか、シャンズさんだったなんて。」  ティーザが思わず言うと、レイラに(ひじ)をつつかれてはっとした。確かに今、外国の見知らぬ所でそんなことを、うっかり言わない方がいい。やぶ蛇になって面倒なことになっても困る。  シャンズは、ボイグが計算できないことをいいことに、サリカタ王国でした取引額より、高い額を会社には報告し、その差額分を自分の物にしていたようなのだ。  ボイグがそのことに気が付いてシャンズを問い詰めると、そんなことはしていないと言い張り、そのうちボイグがいないうちに商談をまとめて、品物を買ってしまっていることも出て来るようになった。  ボイグは買い付けは本当に上手く、もし、ボイグが選んだ物なら間違いなく売れるだろうが、シャンズが勝手に選んだ物は売れ残ることもあり、だんだん在庫が増えるようになっていた。シャンズに勝手に商談を進めるな、と何度か注意したことも記録されている。しかも、大量に買い付けた物に限って売れ残っている。  バーポにも相談し、証拠をとにかく先に掴もう、ということになったことも分かった。もし、今回のことでシャンズが不正をしているはっきりした証拠が出てきたなら、クビにした上、警察に引き渡すしかないとも書いてある。しかも、読み進めると、最後に不正の記録の証拠をつかんだので、一緒に記録すると書いてあった。  今回…つまり、ボイグが事故で死んだ時の、仕入れのための出張のことだ。レイラとティーザは頭を付き合わせて読んでいたが、顔を見合わせて考え込んだ。二人が考えていることは同じだ。もしかしたら、もしかしたら、ボイグは殺されたのかもしれない…。 「……でも、なんでバーポさんは、シャンズさんをそのまま、何も言わないで使っているの?」 「おそらく、何も知らないと思わせるためよ。!分かったわ。だからだ。だから…。」  レイラの中で何か(つな)がったらしく、レイラはため息をつきながら、頭をぐしゃぐしゃとかき乱した。 「どういうことよ、レイラ。教えてよ…!」 「だから、シャンズさんに同行させなかったし、何より会社宛に来たあんたの荷物を、その時に検閲しないで何とか持ち出して、うちで調べたのよ。何か、証拠が残っているかもしれないと思ったのでしょう。それで、私達だけを寄越して、頼りないスビンを同行させた。でも、バーポさんはこうなることは、予想してたはず。」  レイラはティーザに小声で耳打ちする。ティーザはレイラに指摘されて、思わず身を震わせた。いきなり、きな臭いことになってきて、どうすればいいのかティーザには分からない。 「…でも、どうして、わたし宛に水晶石板が送られてきたって、シャンズさんにも伝えたんだろう?そんなことをしたら、父さまが残した証拠を奪われるかもしれないのに。」 「…それもそうね。」  ティーザの指摘にレイラは考え込んだ。 「陽動作戦だわ。たぶん。わたし達を(おとり)にしたのよ。急に重大なことになってきたわね。わたし達の役回りは大切よ。わたし達、まずは記録を全て読んで、証拠となるように紙に印刷して貰わないと。それも、本物と偽物に分けなきゃ。その上で、シャンズさんが来たら、偽物を渡すのよ。」  小声で伝えられたレイラの作戦に、ティーザは質問した。 「でも、どうやって偽物を作るの?レイラの言うとおりだったら、シャンズさんはわたし達から、不正の証拠となる資料を奪うために、わたし達を追いかけて来る可能性があるんでしょ?というか、そうなることが前提でしょ。  しかも、シャンズさんが資料を奪った後、もし、外国に行こうとしたりしたら、捕まえられないじゃない。わたし達だけでどうにもできないわ。だって、捕まえられないでしょ。女三人に…スビンさんは頼りないし。」  小声でのティーザの指摘にレイラも頷いた。 「そうよ。わたしが言いたいのはそこなの。バーポさんはそのことを分かっていたはず。それなのに、わたし達だけを寄越した。たぶんだけど、バーポさんはスビンさんを寄越したら、きっとこうなる状況を予想していたんじゃない?」 「…こうって?」 「今の状況よ。」 「それで、こうなったら何かいいの?」  ティーザの疑問はもっともだった。 「そうなの。わたしも考えてみたんだけど、ここにいる人達を信用するしかないのよね。バーポさんはたぶん、ここで事件が解決することを望んでいるはず。」 「ええ?どういうことよ?」  その時、ぽんぽんと肩を叩かれて、二人は飛び上がった。
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