第2章 夢の国へ出発

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「こんにちは、特別記録解読士のベンス・マーノと言います。よろしくお願いします。」  この国の人達は誰もが礼儀正しい。古風な出で立ちになんとなく見慣れてきたが、この人は(ひたい)に独特な額飾りをつけている。どこか遠くを見ているような目つきの青年だ。まだ、かなり若そうだ。もしかしたら、少年といえるのかもしれない。 「どうも、よろしく。」  ベイリスは挨拶(あいさつ)をした後、ベンスに状況を説明した。 「ところで、護衛はいないのか?民警(みんけい)がついていることになっているだろう?」 「ああ、彼は今、迷子をお手洗いに連れて行き、事務所に引き渡した後、ここに来ます。」  ベイリスの問いにベンスは答えている。 「記録解読士も特別記録解読士も国の資格です。特殊技術なので、資格を持っている人は全員、国に登録され、民警と呼ばれる民間の警察の護衛を受けることになっています。」  スビンが小声で説明してくれた。  そうこうしている間に説明は進み、ティーザ達も挨拶をし、記録の解読が始まった。リリンが持っていた機械よりも大きい機械を鞄から出すと、水晶石板の記録を読み取る機械と(つな)いだ。チュィィィンという音がして、水晶石板が光る。じきに映し出された文章を繋いだ機械が印刷を始めた。  アマンディアをはじめ、三人は食い入るようにしてその機械を見つめる。紙が出てきて水晶石板に記録されている文章が、印字されているのだ。 「…信じられない。どういう仕組みなの?その(ひも)を通して電信信号が送られているのかしら?マイリスに見せたら、もう少し分かるんでしょうけど。」  レイラがびっくりして(つぶや)いた。ボイグが夢のような、おとぎ話のような国、と表現していた理由がはっきり分かった。ティーザの想像を超えていて、レイラみたいに紐を通して電信信号が送られている、ということさえ考えつかない。  その時、律儀に扉が叩かれた。 「失礼します。私はルインズ民警事務所のヴァドサ・ランギークと申します。ベンス・マーノ特別記録解読士の護衛で参りました。」  入り口で名乗ると、ベイリスに小さな水晶石板を見せ、ベイリスが水晶石板に何か機械を向けて確認をした。 「はい、どうぞ。」  入ってきたのはベンスと似たり寄ったりの年齢の若者だった。彼の顔を見て、レイラもティーザも言葉を失った。凜々(りり)しいイケメンだ。ベンスも悪くないな、と内心でそんなことを思っていたが。アマンディアが娘達の反応を見て、くすりと笑う。  せっかく来たんだから街に出ようよ、とアマンディアが言っていたのだ。街にはもっと美男と美女がいるわよ、しっかり目の保養をしていきましょう、なんて、小声で囁いていた。  しかし、ティーザはお店に必要な書類があったりしないか、気が気でない。アマンディアはきっとバーポさんが来るから大丈夫よ、と何を根拠に自信があるのか、妙に自信ありげだった。 『ラング。』  作業をしていたベンスが彼を呼ぶと、戸口の前できちんと立っていたランギークは静かに彼の前に立つ。何か作業を頼まれて、印刷されて出てきた書類を封筒に入れ始めた。二人で黙々と作業をこなす。 「ゴスさん。」  呼ばれてティーザは慌てて立った。 「これが一枚目の水晶石板に記載されていた書類の内容です。二部ずつ印刷して欲しいということで、二部ずつ印刷しました。確認して問題がなければ、こちらの書類に名前を書いて下さい。」  ティーザには分からないので、レイラに確認して貰う。レイラは持ち前の能力であっという間に…パラパラめくるだけで読めるのだと本人は言う…で、確認した。ベンスとランギークがレイラに(おどろ)いている。 「…問題ない。どっちも全く同じ内容。書き損じまで同じだった。」  レイラの許可が出たので、書類にサインした。 「では、二枚目の水晶石板の解読をします。」  ベンスはリリンがしていたのと同じ手順で、機械に水晶石板を取り付け、機械を動かした。さらに指も当てて機械がチュィィィンという音を立てている。 「……あぁ、なるほど。確かに二重構造か。別のが二つ。」  ベンスは独り言を言うと、機械を何かカチャカチャ動かした。すると、チュィィィンという音が速くなる。だんだん水晶石板が発光していく。リリンの時より強く発光している。やがて、ピン、という(かす)かな音がした。同じ行程を繰り返し、彼は最初に見れなかった部分が解除されたと言った。ティーザ達にその部分を閲覧(えつらん)用の機械に繋いで見せてくれた。 「…確かにさっきなかった部分ね。」  どうして、そうなるのか分からないけれど、見事だった。水晶石板が薄く淡く発光して、なんとも言えない美しさだ。二枚目の水晶石板の書類も全部印刷してくれた。同じようにサインする。 「最後にこれなんですけど。」  ティーザはおずおずと、はやる気持ちを抑えながら、母ゆかりの紫水晶のペンダントを差し出した。 「拝見します。」  ベンスはビーズの刺繍(ししゅう)がされた天鵞絨(ビロード)張りの小箱を受け取ると、カチッと(ふた)を開けた。 「…これは。」  ベンスは手袋を出してはめ、小さな虫眼鏡を出して窓辺に立った。虫眼鏡を指で何か調節している。倍率を調整できるようだ。 「これは、三百五十年前の物ですね。」 「なぜ、国外に?」  ベンスの言葉にランギークが反応した。 「百五十年以上前の物品は、国外に持ち出すことが禁じられています。」  ティーザ達は顔を見合わせた。ティーザは慌てて立ち上がった。 「それは、ティーザさんの母上のゆかりの品だと聞いています。」  すっかり、存在を忘れていたスビンが答えた。 「ティーザさんの母上は、サリカタ王国の方だと生前のゴスさんに伺っています。ただ、ティーザさんは父上であったゴスさんに、詳しい話を聞く前に、ゴスさんがお亡くなりになってしまったので、そのペンダントを調べて母上のことを調べるしか方法がありません。」  スビンの説明にベイリスがさらに説明をして、ベンスとランギークは納得したようだった。 「…なるほど。親族に対する移譲ですね。ただ、それを証明する書類はありますか?」  ティーザは青ざめた。 (そんな書類なんてないよ。どうしよう!) 「……わ、分かりません。」  ティーザの声は震えた。 「…これ、これじゃないですか…!」  二枚目の水晶石板の書類を突然、がさがさめくっていたレイラが、一枚の紙切れを抜き出した。レイラに書類を渡されたベンスとランギークは、書類を確認した。 「そうです。これですね。ティーザ・ゴスさんの父君のボイグ・ゴスさんが移譲された受取人として、記載されています。もう一枚、娘さんに遺産相続するという書類はないですか?」  レイラは書類をめくり、ベンスに聞かれた書類を探し出した。 「これ?これだと思うんですが。」  さすが天才は早かった。しかし、同じ天才のレイラの兄のマイリスは、こういう作業が苦手だという。 「はい、そうです。これで所持についての問題はありません。ただ、あなたと母君の関係を明らかにしておかないと、いけないと思います。本当に親子かどうかという点です。」  ベンスに言われて、ティーザは困り果てた。 「…でも、どうしたらいいんですか?わたしは…母のことを何一つ知らないんです。つい、先日までわたしは…母がサリカタ王国の人だということさえ、知りませんでした。頼みの父は亡くなってしまい、何も分かりません。手がかりは…それだけで…せめて、母がどんな人か分かるだろうって……それに、母がわたしを産んだのなら…。父のことも嫌いではなかったのなら…死んだことを…伝える必要もあるかと…思ったんです。」  後の方は涙がこぼれて、ようやく話ができた。 「…そうですか。」  ベンスは困ったようにティーザを見つめた。振り返ってランギークと何か話し出す。  泣いているティーザをアマンディアが抱きしめて慰めてくれた。
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