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第2話 あなたは、私を知りますまい
初音は全ての理想が崩れた日、なかなか自室に戻ることができず暫く校舎内を当てもなく歩いていた。
そして日も落ちあたりが暗くなってきた頃、ようやく頭がはっきりしてきてふらつきながら寮に向かった。
「うわーお。これは重症ね。」
その姿を窓から見ていたのは、初音を傷つけた張本人、和泉薫だった。
「ねぇ、私、そんなに酷いことした?」
すると奥からセミロングのパーマをかけた少女が出てきた。鼻筋の通ったモデルのような美しい少女。
「そんなこと決まっているじゃない。絶対に酷いことしたのだわ。」
そう言いながら少女は薫の膝の上に座った。
「でも、碧はそんなことで傷つかないでしょ?」
「それは、貴女をよく知っているからよ。」
先ほどから薫を嗜めている少女。名前を華世碧という。薫と同じ高校三年生で彼女のルームメイトであった。その他の彼女との関係はというと「爛れた関係」とでも言っておこう。
「“あなたは、私を知りますまい。”あの子、なーんにも気づいていないのね!」
薫はため息をついて言う。『外科室』の本を叩きながら。
「そういうところが意地悪で酷いのよ。言ってあげればよかったのに。」
「だって今日、よく分からないけれど再起不能だったでしょ?あの子。そもそも、そんなこと教えてあげたらつまらないじゃない。あの子、多分・・・ていうか絶対に私のこと好きだもの。私も好きよ。あの子のこと。だから連絡先を渡したの。まぁ、あの子の名前は知らないけど。」
「最低。どれもこれも最低ね。だから、そういうところなのよ、貴女が意地悪なのは。」
「でも、私はこの性分を変えられないし、変えるつもりもないわよ。じゃあ、あの子が私を受け入れるしかないわよね。ていうか、受け入れてよ。私、これからもあの子といたいもの。そういえば文句言わずに碧も一緒にいてくれるわよね。私意地悪なのにどうして?」
「それは私が意地悪な人が好きだからよ。」
碧は薫の首に手を回して抱き付く。別に何をするわけでもなく薫の膝の上でずっと彼女を抱きしめ続けた。
「あーあ。どう出るかな、あの子。私をずっと待たせるなんてあっちの方が意地悪よ。」
そう言うと薫は碧を抱きしめ返したのだった。
「ただいま。」
初音は自室のドアを開ける。すると、絢はすでに帰っていて暢気そうに彼女に返した。
「おかえりー!どうしたの?遅かったね。」
初音はそれに対して無言。無言なのはいつもだが、様子がおかしい。よくよく見ると目が真っ赤である。
「え?え?え?初音、どうしたの!?泣いていたの??」
初音はその言葉を聞いて、もう泣くまいとは思っていたのだが、大粒の涙をぽろぽろと流しだした。
驚いたのは絢である。
ロマンチストなのは知っているが、あの初音が泣くところは見たことがない。
真面目一筋冷静基本無表情感情変化なしの初音が!!
「初音?何があったの?ねぇ!?」
すると、初音はぼろぼろになったメモを絢に見せた。
「連絡先・・・もらった。」
「誰の?」
「・・・和泉先輩の連絡先を・・・和泉先輩からもらった・・・。」
「でぇぇぇぇ!?」
絢は泣きじゃくる初音を座らせて、訳の分からない現象について尋ねる。
だが、初音もありのままを話したくないのでできるだけぼやかして話した。
「先輩が、私に悪いことをしたって謝ってくれたの。何がって言いたくないけれど。だから、お詫びに連絡先を教えてくれたの。お詫びを・・・したいからって。」
「よかったじゃない!!憧れの先輩でしょ?それならすぐに連絡した方がいいよ!」
初音はそれを聞いて勢いよく立ち上がった。
「良くないわ!!これは先輩が本当にお詫びしたくて渡したのじゃないわ!!きっとからかっているのよ!!先輩の意地悪なのよ!!じゃないと・・・じゃないと・・・。」
また下を向いて泣き始める。
これではらちが明かない。
絢は、初音をなだめるように言った。
「初音、落ち着いてよ。落ち着いたらそこに連絡してみなさいよ。馬鹿にしているくらいであの先輩がそんな大事なもの渡すはずはないわ。初音だって会いたいでしょ?あんなに好きだったじゃない。」
初音は黙り込む。
確かに憧れだった。本当は会いたかった。
でもそれは初音の思い描いていた薫にだ。
もし、その憧れだった薫のままなら、こんなことしてくれるのは、きっとどこかで初音のことを見てくれていてずっとひそかに想っていてくれて・・・だから渡した。そして初音は迷うことなく連絡して、二人は結ばれるのだ。
この筋書き。
でも現実は全く違う。違う。
どうして彼女はこんなに意地悪なことをするのか。
そしてそのまま答えが見つからないまま、ベッドで眠りにつくことになった。
だが。眠れない。
メモを握りしめながら初音は迷う。
もし、もし・・・連絡したら・・・本当は全部嘘だったと言ってくれるのかもしれない。
もしかしたら。もしかしたら。
初音は絢を起こさないようにそっと起き上がると、部屋の外に出た。
スマホと連絡先のメモを握って。
「ここに連絡すれば・・・。ここに。」
震える手で番号を押す。
指が震えて数字が定まらない。
しかし、しっかりしろと必死に手を振っては番号を打った。
プルルルル。
電話が鳴る。
「駄目!!」
初音は思わずワンコールで切ってしまった。ドアに持たれかけながらずるずると座り込む。そして声を抑えながら涙を流した。
スマホとメモを握りしめながら。
薫の部屋。
「んん?電話が鳴ったと思ったのに気のせい?」
すると、碧は勝手に薫のスマホを拾い上げて、彼女に画面を見せた。
「気のせいじゃないわ。」
みると着信履歴がはっきり残っていた。
「あ~ぁ!!やっと連絡してきてくれたのね!」
「たぶんね。でも可哀想。きっとまた泣いているわよ。」
「そんな言い方はないでしょ?私が意地悪しているみたいに。」
「だからしているのよ。貴女、この子の事が好きなのでしょ?だったらちゃんと対応しなさいよ。」
「分かってる。言われなくてもちゃんとするわ。」
それを聞いて碧はため息をついた。
長年一緒にいるが、彼女の行動は読めるようで今一つ読めないところがある。
薫は履歴に残る番号にかけなおした。
すると何コールかしてもう留守番になるかというところで、ようやく反応があった。
「あ、もしもし?私、和泉・・・って知ってるか。電話ありがとう。あ、ちょ!ちょっと!!切らないでよ!!」
「・・・?」
動かなくなった薫を見て碧は首をかしげる。それに対して、薫はスマホの画面を見せた。
「切られた。」
そう言うと、薫は間髪いれずにまた電話をかける。
もう今度は無視されるかと思ったが、すぐにつながってくれた。
「もう!!急に切るからびっくりした!!」
『・・・・・。』
「もし、まだ起きていられる元気があったら今から会わない?夕方あった場所で。あ、その時は貴女の一番好きな本を持ってきてね。私も持っていくから。あ・・・ちょっと!!ちょ!!」
「どうしたの?」
「・・・切られた。」
「で、どうするの?」
「勿論、行ってくるわ。多分、ていうか絶対あの子来てくれるから。私、あの子のそういうところ、好きなの。」
そして薫は泉鏡花の『外科室』を持つと、機嫌よく部屋を後にしたのだった。
「あなたは、私を知りますまい。」
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