第9話 貴女に春琴は救えない

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第9話 貴女に春琴は救えない

「真実の愛にたどり着いていないのは、私じゃない。貴女よ。私だけが貴女を愛していても、魔法は解けない。貴女、もっと落ち着いて物事を見るべきよ。」 寮の部屋の中で昨夜の薫の言葉を初音は思い出す。 初音は最初から薫のことが好きだ。それなのに薫はことごとく初音の思いを踏み躙ってきた。 優しくされては、やはり騙されて。 現実を見せつけられて。 愛していないのは薫の方である。 自分の理想の薫はどこに行ったのだ。 こんなに好きなのに。 考えれば考えるほどに苛立ちが募る。 「こんばんは、初音ちゃん。」 気がつくと、そこに薫が立っていた。初音たちの部屋に勝手に入ってきていたようだ。 「ど、どうして先輩が!?鍵はかけて・・・。」 すると薫は鍵を初音に投げた。 「初音ちゃん、あなたが慎重なのはわかるわ。でも常に鍵を二つ持ち歩くのはやめなさい。あと、胸ポケットにスペアを入れるのもやめなさい。私みたいな人にすぐに取られちゃうから。これ、先輩から後輩への助言よ。」 胸ポケット。 昨夜、薫は初音の胸ポケットに薔薇を挿した。 まさかあの時から。 薫は女の子に手を出すのも早いがこういうことにおいても早い。 「ワンちゃんはまだ帰ってきてないのね。じゃあ、鍵閉めとこっと。」 「そんなことしても無駄です。絢だって鍵を持っています。」 薫はにこりと笑うともう一つ鍵を取り出した。そして、それをまた初音に投げる。 「ワンちゃんにも言っておきなさい。鞄をほったらかしにしないで。ましてや鍵を入れているならってね。私みたいな人にすぐ取られちゃうから。ワンちゃんに関してはスペアを持たせたほうがいいわね。これも、先輩からの後輩への助言よ。」 この人は全てにおいて手ぐせが悪い。 もはやこれは泥棒だ。 初音は呆れるを通り越して感心の域に達する思いである。 「そんな!ことより!初音ちゃん。あれからちゃんと考えてくれた?分かるわよ。今、貴女の頭の中は私への愛で埋め尽くされているのよね。分かるわよ。貴女は私への真実の愛に気づいたのね!今、走り出した二人のラブロマンス!!」 「・・・・・・。」 何を言っているのだと初音が言葉を失って、ただただ薫を見ていると薫は初音に近づく。そして彼女の顎を引き寄せた。 今度は低いトーンの声で睨みながら言う。 「分かるわよ。貴女は何も見出せていない。何も走り出していない。貴女の頭の中は私への懐疑心でいっぱい。」 「!?」 「私、何度も言っているわよね?貴女はすぐ顔に出るからやめなさいって。いつかそれで損するわよ。勿論、今もね。」 まただ。 この人は全部知っていて、からかう。 そしていつも辛辣な言葉を最後に投げつける。 「それなら、和泉先輩。いい加減に教えてください。私はどうすればいいのですか!?私はこんなに・・・こんなに先輩のことが好きなのに。いつも酷いことを言うじゃないですか!いつも意地悪なことを言う!私は、先輩に憧れているんです。好きなのです。なのに!!先輩は・・・!」 「よくもそんなこと言えたものね。私、ちょっとがっかりしてきた。」 薫は初音の顎からスッと手を離すと、彼女を見下したような目で見る。 「貴女は春琴を本当に愛していない。春琴を助けることなんて到底できやしない。勿論、王子の呪いが解けないのも同様よ。」 「春琴・・・?」 「貴女もよく読んでたはずよ?谷崎潤一郎の『春琴抄』。かいつまんで私にあらすじを言ってみなさい。」 また、薫は意味のわからないことを言い出す。 しかし、彼女が言うには全てに意味があると。 初音は彼女をあまり信じたくないが、あらすじを語り始めた。 「盲目の春琴は美貌の女性。彼女は三味線を習っていた。そこに丁稚としてやってきた佐助は彼女の身の回りの世話をしだす。やがて彼も春琴の弟子になり三味線を習い始める。そんな佐助に春琴は彼が泣き出すくらい酷く当たる。それでも佐助は春琴の世話を続ける。・・・途中は色々ありますが、端折ります。春琴はある日、屋敷に侵入した何者かに熱湯を浴びさせられ大火傷をする。美しい顔が火傷によって失われた春琴は佐助に見せたくなくて彼を避ける。春琴を想った佐助は自らの目を針で突き刺し失明して・・・それで、春琴をずっと支えつつづける。」 それを聞いた薫は拍手を初音に送った。 「さすが!初音ちゃんね。ねぇ、私の言いたいことわかる?」 それに対して初音は首を振る。 すると、薫はどんっと初音を押し倒した。そして彼女の両手首を押さえて、汚いものを見るような目をして口を開く。 「貴女、そうやって上部だけ見てる。美しい理想の私だけを見ている。意地悪なことをしたら受け入れない。意味も考えようともしない。」 「先輩・・・?」 いつもの薫ではない。こんな目で、こんな口調で言われるのは初めてだ。 「貴女、私が春琴のように美しさを失ったら、どう行動するの?好きって何度も私に詰め寄るくせに、今の貴女では何もしないよね。それどころか私を置いてどこかに行くでしょうね。ねぇ、貴女、私のこと本当に好きなの?貴女には佐助の覚悟がわかるの?彼と同じことができるの?できないわよね。できるわけないわよね。貴女、私のこと本当に好きじゃないんだもの。なのに、好きって、私が酷いって、よく言えたものね。私、貴女はもっと賢い子だと思ってた。」 薫の言うことは筋が通っている。 いつもは少し怪しいと思っていたところもあったが、今回ばかりは言い返す言葉もない。見つからない。 「私、これだけ貴女に言っているのに。何もわかっていない。貴女には春琴の心は救えない。貴女、何も知らない。私が貴女を馬鹿にしているのじゃない。貴女が私を馬鹿にしているのよ。」 薫は一通り言い終わると立ち上がってスカートを払う。 そして部屋の鍵を開けた。 「でも私、やっぱり貴女のこと好きだから。最後に少しだけ希望持って貴女を信じるわ。貴女の想い、ちゃんとまとめて私に提出しなさい。」 薫は部屋のドアを開けて去ろうとする。初音はそれを必死に止めようとした。 「待ってください!先輩!!」 すると去り際に薫は振り返ると、初音に意味深な言葉を残した。 「知らなかった。この台詞、こういう時にも使えるのね。・・・あなたは、私を知りますまい。」
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