腕のいい占い師

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 あぁ、まずい。  呑み屋のツケがそろそろきかなくなる。いい加減払わないと。  占い師は独りごちて、繁華街の歩道に陣取り、紫色の眼鏡のレンズ越しに行き交う人々を見定めていた。  それらは彼女にとって、『歩く財布』と変わりない。  小銭狙っても仕方がないからね。大物狙っていかないと。  幸い、秋も近づき、近頃ではこうして外にいても程よく涼しい気温になった。とはいえ、早めに決着はつけたかった。  占い師の目が、一人の女性に狙いを定めた。  きたきた。これは鴨が葱背負ってるよ。  重い足取りで目の前を横切ろうとしている。顔色も冴えず、目にも生気がない。それでいて、持っているハンドバッグも靴もハイブランドだし、薄手の黒いロングコートは相当高そうだ。  占い師は小さなテーブル越しに、 「そこのお嬢さん。――そう、黒いコートの」  と声を掛けた。狙った女性が足を止め、人形のように首を巡らせる。どこか、焦点の合わない目。  いいね、いいね。見るからに悩み事を抱えた目だ。 「あの……?」  不安げに占い師を見返す。  占い師は満面の笑みで頷いてみせた。  これまで、あまたの『獲物』を丸め込んできた笑み。悩みがあって、誰にでもいいから抱えていることを吐き出したいと思っている人たちに、自分の自信たっぷりの笑顔は心を開かせるのだ。 「あなた、悩みがあるでしょう?」  
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