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思い出は美化されていく。そしてそれと同時に、事実も証明しないと風化されていくものだ。
燈月はもういない。この世の何処にも、存在しない。
残されたのは、私達の記憶の中の燈月だけ。
たとえ些細な出来事だとしても、それらは燈月を形作る大切な欠片だった。
美織にとって美術部での時間や家族との時間があるように、燈月にも私達の知らない時間があったことは、既にちゃんと理解していた。
だからお葬式に参列したクラスメイトや、弟である龍介くんから、私達の知らない時間の話を聞くことは出来る。
けれど、私はどうしても『私達の燈月』を留めておきたかったのだ。
私達しか知らない、私達だけの『ひみつ』の時間。
それらを忘れることは私にとって、燈月の死を幾度も繰り返すことと同義だった。
紺色の交換日記の最後を中々回さない私に、どうしたのかと理由を聞いてきた美織にそれを伝えると、彼女も同意してくれた。
私達はどうにかして、燈月が完全に『過去』になってしまう前に、忘れたことにも気付けない何かを忘れてしまわぬ内に、どうにかそれらを形に残したかった。
そして、引き出しの奥に閉じ込めたお別れのスピーチの原稿用紙を思い出して、『これだ』と思った。
私達は、確かに此処に存在した『三笠燈月』を忘れないために、まずは過去の交換日記を読み返した。
それから、覚えている限りの燈月との記憶を互いに語り合って、一致させて纏めていった。
一分一秒でも、忘れてしまう前に燈月という存在を強く留めておきたかった。
そして膨大な記憶の欠片を寄せ集め、次の日記用にと購入した新しいノートの上に、パズルのように組み立てていく。
記憶の羅列、思い出の年表、会話の記録、出来事の感想。
それは途方もない作業だったけれど、無我夢中でやり抜いた。
何一つ、取り零したくは無かったのだ。
思い出せる限りの過去の出来事を纏め切ると、次の段階だ。
『過去』から断絶され途切れてしまった『今』を、空を自在に飛翔する龍のように飛び越えて、私達は想像の『未来』へと、新たな物語を紡ぎ始める。
そう、燈月との思い出は、これからも私達で作っていけばいいのだ。
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