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授業の内容は、あまり頭に入って来なかった。昨日一時間分抜けている教科なんかは、最早理解不能の呪文のようだ。
私は早々に諦めて、思考の海へと意識を沈ませる。
『ひみつ』から燈月が抜ければ、残されたのは美織の『み』と綴の『つ』だけ……『蜜』ならば甘いが、この場合『罪』なのかもしれない。
燈月は置いて帰った私の『罪』を暴こうとしているのか、それとも、単に日記を続けることで三人の関係を保とうとしているのか。私には分からなかった。
ぼんやりと意味不明な記号を連ねた黒板を眺めていると、開いた窓から入り込む春風に揺れる先生の髪色が、ほんの少し燈月の髪に似ていた。
日に透けると煌めく、美しい色だった。
本人も「髪の毛が完全に黒かったら、男子からの名前の弄りが悪化したかもしれない」と話していたことがある。
燈月は平仮名にすると『ひじき』に似ているからと、小さい頃から心無い幼稚な男子にからかわれて嫌がっていた。
逆に私は『綴』という名前の漢字に何と無く固いイメージがあって、『つづる』と平仮名表記の方が柔らかく感じられて好きだった。
だから私達は、学校で習うよりもっと前に『燈月』の名前は漢字で書けるようになったし、私の名前は書けるようになっても変わらず平仮名で書いてくれていた。
それが私達の中での当たり前になり、けれど私はその字を意識する度に、嬉しくなった。
不意に思う。
幼稚園の頃の出来事が曖昧なように、そんな私達にとって大切な思い出も、喜びも、いつか朧気になり、忘れてしまうのだろうか。
その時燈月は、忘れた私達によって二度目、三度目の小さな死を迎えてしまうのだろうか。
想像して、怖くなる。
私達が燈月を殺す。それはきっと、純然たる『罪』に違いなかった。
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