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「……燈月へ」
私は消しゴムをかけ過ぎて破れかけた原稿用紙を広げ、少し高いマイクに向かって声を吹き込む。
静かな会場に、私の息遣いまで響いた。
「私達の出会いは、幼稚園の頃でした。燈月と美織と私はたまたま同じ組になって、お母さん同士が仲良くなって、それから幼稚園の外でも遊ぶようになって……きっと、それが始まり。きっとって言うのは、幼稚園の頃の記憶はあんまりなくて……うん。記憶よりも先に、燈月の居る時間が、私の日常で、当たり前でした」
原稿用紙を握る指先が冷たくなっていくのに、反対に喉や目の奥はじわじわと熱くなり、マイクに乗せた声が震える。
「小学生になっても、相変わらず私達はいつも一緒で。私のアルバムの写真には、ほとんど燈月と美織が写ってて……私のアルバムじゃなくて、三人のアルバムみたいになってるのを……この間、中学の入学式の写真を入れる時に見返して、お母さんと紡と笑ったばかりでした」
今後同じアルバムを見て、きっともう二度とそんな風には笑えないのだと、もう二度と三人の写真は増えない事実に、胸が締め付けられる。
「……三人でしてた交換日記は、全部でもう十冊以上になるかな……六年間途絶えずに書き続けた日記。毎日色んなことをして、人から見たらくだらないような、でも笑いが絶えない楽しい時間を、たくさん一緒に過ごしたね。そんな……、そんな、今この時間だけじゃ語りきれない程の、燈月との、たくさんの思い出は、私達の、宝物、です……」
言葉にした途端、たくさんの思い出が、記憶が、まるで走馬灯のように脳内を駆け巡った。
それらが涙となって溢れてしまわないよう、言葉を詰まらせながらも、必死に耐えた。耐えるしか、出来なかった。
私は隣の美織へと残りの原稿用紙を手渡し、語り手を交代する。
「……燈月。私達の大切な親友。これからも、ずっと一緒に、たくさんの思い出を作りたかった。これからも、一緒に居られると思ってた。……まだ、あなたが居なくなった事実を、受け止めきれていません」
大人達の啜り泣く声が、遠くに感じる。
美織の声を聞きながら、私は隣で上を向いて、滲む視界で眩しい照明を見上げる。
制服のスカートを、皺になるのも気にせず握り締めることしか出来なかった。
「燈月、本当にありがとう。私達は、あなたのことを、決して忘れません。……いつになるかわからないけれど、私達がそっちに行ったら、また、一緒に遊んでね。天国で、また三人で、楽しい思い出、作ろうね……」
美織の声も震えていた。
涙も、堪えきれてはいなかった。
それでも、燈月への最後の手紙となる原稿用紙を、最後まで止めることなく読み続けた。
「……さよならは、言いません。必ずまた会えるって、信じてるから。……燈月、その時まで、ゆっくり休んでね。……今度は、いつもと違って、私達が遅刻する番だから……私達がそっちに着いたら、今度は燈月が『遅いよ』って言って……また、いつもの笑顔を見せてね」
私達は、最後の一文を笑顔の遺影ではなく、棺に向けて言葉にする。
喉の奥に熱が籠って、もう声を発するのもやっとだ。
「「……燈月、ずっと大好きだよ」」
重ねた二人の声は震えていて、上手く言葉に出来たか自信がない。
当然返事はなかったけれど、この気持ちが、ひとり眠る彼女に伝わっていたらいい。
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