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式はその後も滞りなく進行し、あっという間に最後のお別れの時。
見送りに並んだ私達の間を、燈月を閉じ込めた冷たい棺が進む。
顔に位置する部分が窓のような蓋になっていたが、それは最後まで開けられることはなかった。
彼女の色んな表情をこれまで見てきたけれど、棺の中の燈月がどんな顔をしているのかは、想像出来なかった。
私の記憶の燈月は喜怒哀楽がよく顔に出る子で、感情も体温も無くした彼女は、当然知らなかったのだ。
せめて安らかな寝顔であって欲しいと思っていたけれど、見せられないということは、そういうことなのだろう。
顔を見たかったという気持ちと、見てしまったら、その顔がきっと燈月の最後の記憶になってしまうという二つの感情を抱えたまま、私は遠ざかる棺をただ呆然と、遠くの景色のように見送るしか出来なかった。
さよならは、告げなかった。
だってまた会おうと約束したのだ。
だから私の中では、とてつもなく寂しかったけれど、これが最後という明確な区切りはなかった。
けれど隣で見送る美織は、あの日のように声を殺すことはなく、それが最後とばかりに嗚咽混じりにぼろぼろと大粒の涙を溢して、棺が見えなくなる頃には声を上げて子供のように泣いていた。
お葬式を終えて、担任の車で私達はそれぞれの家に帰された。
お母さんはまだ会場に居るのだろうか。
誰も居ない家の中を歩くと、制服や髪にお線香の匂いがまだ残っていて、動く度にふわりと香る。
お別れの名残が纏わり付くようで、私はそれを洗い流すようにシャワーを浴びた。
部屋に戻り、鞄からくしゃくしゃになったスピーチの原稿用紙を取り出すと、これにも仄かにお線香の匂いが染み込んでいた。
私はそれを、引き出しの奥へと仕舞い込む。
これ以上、終わりを意識したくはなかった。
そして意識を切り替えるように、今朝美織から私に回って来た交換日記を見る。
私の書く予定のページの次、燈月の書くはずだった空白のページに、また燈月の丸い文字が増えていた。
『ありがとう』
前回とは違う、今にも消えそうな筆跡の、短い言葉。
私達の気持ちが届いたのだろうか、彼女も、さよならは言わなかった。
それだけで、少し報われたような気持ちになった。
私はその言葉が涙で滲んでしまわないように、スピーチの時と同じように上を向いて涙が溢れるのを堪える。
「私こそ、たくさんありがとう、燈月……」
再びふわりと香ったお線香の匂いは、先程よりも寂しくは感じなかった。
結局、その後もそのノートを使い、私と美織で変わらず交換日記を続けた。
けれどあれ以降、燈月の言葉が書き足されることは、二度となかった。
一抹の寂しさと、彼女は天国に行くことが出来たのだという安心感を覚えて、暫くしてその紺色のノートは最後のページを迎えた。
しかし書こうとして、気付いてしまった。
燈月の言葉は、もう書き足されることはない。
つまり三人での交換日記は、三人での日々を綴ったものは、これを書き終えると完全に終わってしまうのだ。
それは私にとって、燈月との日々を明確に『過去』に変えてしまう、とても恐ろしいことだった。
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