月の欠片。

19/20
前へ
/20ページ
次へ
********  あれから幾つもの季節を越えて、燈月の日記は、全部で二冊になった。  完成したそれらを私と美織で、一冊ずつ分けて持つ。  二冊目の最後のページを書き終わった時、私達は既に高校生になっていた。  日記の中の燈月も、私達と同じように高校生になっていて、相変わらず無邪気で天真爛漫な彼女と三人、楽しく変わらない日々を過ごしていた。  そしてそのまま、当然のように三冊目を書こうともした。私達は、日記の中でなら一緒に成長し続けられる。  けれど不意に、未来を紡ぐ手が止まる。  どうしても、それ以上大人になった燈月を想像出来なかったのだ。  遅刻しなくなった燈月。  無邪気さを落ち着きに変えた、大人の燈月。  お化粧を覚えて、白いワンピースなんて着なくなって。  いつか、見知らぬ相手と恋をして、私達が一番じゃなくなる。  それはきっと幸せで、本来あるべき未来だったのかもしれない。  けれどそんなのは、私達の知っている燈月じゃなかった。  私達にとって燈月は、いつまでも『あの頃』のままだったのだ。  それを自覚してから、私は続きが書けなくなった。  美織もきっと、同じだった。  同じ地元ではあるものの、別々の高校生に進学した美織とは、少しずつ会う機会が減っていた。  そう、日記の中の三人の日々は、とうに現実から大きく解離していたのだ。  二冊目が終わる頃までは辛うじて、休みの日に予定を合わせて会っていたのに。お互い何と無く察していたのか、三冊目に取り掛かれないまま、気付くとしばらく時間が経ってしまっていた。  そうなると、連絡を取るのもたちまち躊躇するようになる。  あの頃は、何もなくても交換日記に書くことは絶えなかったし、日が暮れるまで公園でただお喋りを続けていられたのに。  お互い環境が変わって、付き合う人間も変わって、進学してより難しくなった勉強に、初めてのアルバイトに、美織には多分、恋人も出来た。  あれだけまだ要らないと思っていたスマホだって、私達は手に入れた。  けれどそこには、燈月の番号が登録されることはない。  忙しく過ぎる毎日の中で、私達は一秒ごとに、嫌でも燈月を置いて大人になってしまう。  そのことを、日々の端々で思い出したように実感するのだ。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加