4.空の彼方

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4.空の彼方

 けれど、その約束が果たされることはなかった。  夏フェスの数日前、移動中のメンバーを乗せたバンに、居眠り運転のトラックが突っ込んで来て、彼は空の彼方に逝ってしまった。 「ねえ! ニュース見た?! 『Moon Cat』の彼が……」  この日私は、友人からの電話で目覚めた。  耳に飛び込んで来た言葉は、突然、鼓膜で止まる。  ブランケットを蹴飛ばすようにして慌てて跳ね起きた私は、机の上のリモコンを掴み損ねて床に落とす。 それを拾う時間ももどかしい。  彼の訃報を告げるリポーターの声に合わせて、アーティスト写真とバンド名が画面の下に映る。  一気に足腰の力が抜けた私は、リモコンを落として、その場に崩れるように座り込んだ。  ……嘘だ…… 誰か、悪い夢だと言って欲しい…… 「唯一無二の素晴らしい歌声を持つボーカリストを失ったのは、音楽界の大きな損失」    テレビでは、誰かがそんなことを言っていた。    確かにそうだと思った。  でも……  仮に彼が何かの病気で、もう二度と歌えなくなったとしても……  歌はおろか、声さえも失ってしまったとしても……  それでも生きていて欲しかった。 「ギタリストも腕と指を骨折していて、再起は難しい。 ドラマーとベーシストは幸い軽症だったが、ボーカルとギターを失ったこのバンドは、もう活動継続は難しいだろう」  芸能ニュースでは、無情な言葉信じたくない事実が、繰り返し繰り返し伝えられていた。
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