Morning Set

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Morning Set

 閉店後のミーティングと片付けや清掃も終え、ディーンとグレンをパトロールへ送り出したのち、ジオとロンは店の地下でトレーニングに励んでいた。彼らは喫茶店員でもあるが、退魔官という幽霊退治の仕事も行っており、そのために日々トレーニングを行なっている。  ジオは主に犬の精霊を使役するので、トレーニングルームに彼らを呼び出して訓練をする。基本的に生きている犬と同じようにトレーニングするため、ジオはドッグトレーナーの資格も持っていた。彼らと一緒に体を使ったりもするので、筋力トレーニング等も怠らない。  一方、ロンは風の精霊を使役する。主に銃器の扱いに長けており、憑依した霊を引き剥がすための隙を作ったり、霊を攻撃したりする。実弾を発砲すると生身の人間に怪我をさせてしまうので退魔官としての仕事の時は退魔専用の銃を使っているが、トレーニングでは実践と感覚ができるだけ近いエアガンのようなものを使っている。銃器を扱うのも体幹が必要なので、彼も基本的な筋力トレーニング等は怠らない。  パトロールに出ているディーンは主に封印術や結界術を得意とし、グレンは火と水の精霊を使役するのが得意だ。故に彼は厨房担当であることが多い。精霊の加護を受けているグレンが調理する方がより美味しく仕上がるのである。ただし、材料をきっちり測るのは苦手なため、菓子作りのうち焼く部分以外はロンの担当である。  小一時間ほどすると、ディーンとグレンがパトロールから戻ってくる。そこからは4人でのトレーニングだ。たまに退魔官協会からチームでの依頼があり、その際は普段のパトロールペアだけではなく、4人で協力する必要がある。普段から互いの動き方やシミュレーショントレーニングを行うことで、そういった大型の案件でも対応できるようにしているのだ。  30分から1時間ほどで全員でのトレーニングを終えるとグレンが6人分の夕飯を作る。ディーンとグレンの二人は地下の一室に住み込んでいるが、ジオは店の東側、ロンは店の西側の徒歩10分圏内のコンドミニアムに住んでいて通いだ。それぞれ2人の同居人の分も合わせて作られるが、食べるのは帰宅後だ。  この日、夕飯を作りに厨房へ向かったグレンに、ロンが声をかけた。 「悪い、今日もアルフの分、いらないみたいだ」 「了解。今日も撮影か? 大変だな」  ロンはアルフの今朝の様子を思い出した。 「このところ毎日夜遅くまで撮影してるみたいだ。今朝も少し調子が悪そうだった」 「もしかして、それで遅れたの? なら早めに連絡してくれたらよかったのに」  ディーンの言に、ロンは決まり悪そうに笑う。 「いや、単に俺が寝坊しただけだ」 「なんだ。じゃあ減給だね」 「そうしておいてくれ」  潔い返事にディーンは片眉をあげたが、何も言わなかった。  翌朝。ロンが目覚めると、アルフはまだ眠っていた。時刻は午前6時15分。ロンはのそりと動き出し、シャワーと髭剃りをすませた。そして、昨晩のうちにカットしておいたフルーツと野菜に水とプロテインを一人分ミキサーにかけ、一気に飲み干す。フルーツと野菜はアルフの分も作ってある。さっと洗い物を済ませ、メモに一言メッセージを書きおき、ロンは出勤した。 「お、今日は寝坊しなかったんだな」  ロンは揶揄うグレンに苦笑いを返して着替え始めた。グレンとディーンは既に着替えているため、厨房や客席の点検へ向かっていく。そうこうしているうちにジオも到着し、着替え終えた二人はそれぞれ持ち場へついた。  開店後1時間が経過し、午前8時。ちょうど客足が途絶え、グレンが一服がてらカウンターへ顔を出す。 「今日はあの老婦人、まだ来てないのか」 「そうだな……。今日は日曜か。いつもならいらっしゃってるよな?」  カレンダーと時計を確認し、ジオとグレンは顔を見合わせた。 「何かあった……」  ジオが言いかけたその時、ドアベルが鳴り、老婦人が入店した。  ジオは軽く眉を顰める。使役している犬の精霊たちがジオにしか聞こえない声で唸ったのだ。グレンはジオの様子を見て、ディーンを呼びにジオの元を離れた。 「いらっしゃいませ」  ジオは努めて平静を装い、老婦人を応対する。 「いつものをちょうだい」  やはり思い違いではないとジオは確信した。 「かしこまりました。お持ちしますので、おかけになってお待ちください」 「ありがとう」  老婦人の笑みはいつもより硬かった。  何事もなかったかのようにジオは接客を続けるが、老婦人の様子は常に視界の端に入れられるようジオはレジで固定し、ディーンとグレンがバックアップする。そうして時間は過ぎていき、老婦人がブレンドを飲み終え席を立った。ジオはハンドサインを厨房に見えるように投げる。ロンが頷いて裏口から出ていった。  店を出て、庭の道路へ向かう道を歩く老婦人をジオは呼び止めた。 「お忘れ物ですよ」  老婦人は足を止めて振り返った。 「あら? どこかしら?」 「こちらです」  ジオが裏庭へ老婦人と共に到着すると、ディーンが裏口から出てきた。  老婦人の表情が消え、ディーンを眼光鋭く睨みつける。直後、ロンが引き金を引くと、老婦人の動きが音もなくピシッととまった。と同時に目を見開き、一瞬の後、影が鋭くディーンに向かって伸びる。そこへ間髪入れず、ディーンは右手のひらを前に突き出し呪を唱える。 「(フゥー)」  影の動きがびたりと止まった。そしてディーンが右手をゆっくり握ると共に、影が老婦人から徐々に分離していく。そして老婦人の体が小刻みにぶるぶると震え出し、ディーンから逃げようと足をあげようとする。ジオは指笛を吹き、彼の使役する犬の精霊たちが彼女の動きを抑えた。同時にロンがもう一発、老婦人に向かって引き金を引いた。 「うっ」  かすかなうめき声をあげ、老婦人が気を失って倒れ、影が完全に分離した。老婦人の体が地面に倒れ込む前にジオがすんでのところで受け止める。影はディーンの右手の動きと共に徐々に黒く丸い塊になっていった。塊は小刻みに震えている。  ディーンはカフェエプロンの左ポケットに左手を突っ込んで小瓶のふたを開き、握りしめた右手を徐々に自分の体へと引き寄せ、丸い塊になったそれを瓶の中へ押し込んだ。瓶に右手で蓋をし、再度呪を唱える。 「(ファン)」  塊の震えが完全に止まった。ディーンは右手で瓶を掴み、空いた左手で蓋をする。ディーンはふぅ、と息をついて顔を上げた。ジオは老婦人をベンチに寄り掛からせている。意識が回復するのはおそらくもうすぐだろう、と封印の感触からディーンは推測した。 「あとは任せたよ」  頷きを返すジオに背を向け、ロンとディーンは店へと戻った。  閉店後のバックヤード。いつものように全員がミーティングルームに集まった。 「じゃあ最初に、今日の一件について。ジオ」  ディーンに話を振られたジオは立ち上がって、ディスプレイに報告書を映し出す。 「まだ途中までしかできてないんだけど、とりあえず。まず、あのおばあさんは何かに憑依されてた。第一発見者は俺。干渉者はロン。封印者はディーンで協力者は俺とロン」 「いいなあ。次は俺にもやらせろよ」 「仕方ないだろう、店があるんだから」 「あ! 大変だったんだぞ、お前ら3人もいっぺんにいなくなるから」 「はいはい、助かったよ」  文句を言うグレンに、適当にディーンが返す。ちなみに、老婦人が目覚めるまでジオは付き添っていたため、その間の店は他の3人で回していた。接客の苦手なロンをできるだけカウンターに出さず、ディーンとグレンが苦心していたのは言わずもがなである。若干オロオロしているジオに、ロンが黙って続きを促した。  概要はこうである。憑依された老婦人は憑依がそこまで深くなく、比較的あっさり捕獲できたと言える。そして、老婦人が目を覚ましたのは、封印後15分ほど経ってからだった。憑依の度合いがもっと深ければおそらく回復にもっと時間がかかったはずである。このことから、憑依していたモノは低級な霊だったと推測される。詳しい分析結果は後ほど報告する。以上を報告書に書く予定であることをジオは話した。 「おばあさんが覚えてたのは、今朝、家を出たところまでだって。お守りは渡しておいたよ」  ジオの報告に、ディーンは頷いた。 「次は昨日のパトロール報告だね。グレン」 「はいよ」  ディスプレイには地図と表が表示され、グレンはポインタを持って説明し始めた。 「昨日は東地区。水路は問題なし。結界は8番部分がちょっと壊れてたからディーンが修復。それと、5番で不審物が一点」  ディーンが袋に入ったそれを取り出した。ジオが眉を顰め、片腕で自分を抱く。グレンはジオを気にかけつつ、話を進めた。曰く、それは首輪として死んだ犬に巻かれており、犬はひどく痩せ細っていたと言う。 「不審物と言うからには、ただ犬が死んでたと言うだけじゃないんだな?」  ロンの疑問に、ディーンとグレンは頷いた。 「……首が切られてたんだよね」  ジオが目を閉じてゆっくりと息を吐いた。犬の精霊を主に使役するジオにとって、それはひどく不快なものだった。 「パトロール報告は以上。次は、協会からの連絡だけど……ジオ、大丈夫?」 「ああ……大丈夫だ」  顔色の悪いジオを気遣いつつ、ディーンは話を再開した。 「じゃあ手短に。このところスラムでのパトロールが難航しているから、周辺地域に影響が出るかもしれないって。俺たちの担当管轄は距離があるからあまり関係はないかもしれないけど、念のため注意してほしい。以上、解散!」  ディーンとグレンが袋に入れたソレを持って部屋を出ていく。ジオはようやく深く息を吐いた。 「店、片付けるぞ」  ロンに頷きを返し、ジオは椅子から立ち上がった。
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