Yogurt with tamarind

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Yogurt with tamarind

 老婦人の一件から何事もなく約1ヶ月が過ぎた。ジオたちは相変わらず日中は店で、閉店後は退魔官としての任務に当たっている。  その日の夕方、店へやってきたマイルドに元気がなさそうだとジオは思った。店へ到着したてで疲れているだけかもしれないため、注文の品を準備しながらジオはマイルドの様子を観察する。 「……マイルドちゃん、なんか元気ない?」 「お前もそう思うか?」  横にやってきたグレンと小声で会話しながら、ジオは心持ちゆっくり目にカフェラテを注ぐ。 「気になるし、ちょっと聞いてみるよ」  そう言ってジオはトレイを携えてマイルドの元へ向かおうとする。 「あ、ジオ待て」  ロンが器をトレイに載せる。 「旬のタマリンドを添えたヨーグルトだ。疲労回復にいいから」  今度こそ、ジオはトレイを携えてマイルドの元へ向かった。 「お待たせしました。カフェラテとこれはサービスのヨーグルト」  はい、とジオはマイルドの目の前に並べて、テーブルの横にしゃがんだ。  マイルドはスプーンを手に取って一口、ヨーグルトを口に含む。 「……美味しい」  ほっとしたような笑顔を見せたマイルドに、ジオは微笑んだ。 「……何だか元気がないように見えたけど、なにかあった?」 「えっ。私、そんなに表情に出てました……?」 「いや、ちょっと違和感を感じたくらいだし、そうでもないと思うよ。それで……、もしよかったらだけど、話を聞こうか?」  遠慮がちに尋ねたジオに、マイルドは少し考えるそぶりを見せたのちに口を開いた。 「実は……」  マイルド曰く、最近、気のない相手から猛烈にアタックを受けているのだとか。相手は同じ演技教室に通っている男子大学生らしい。マイルドはまだ高校2年生でこれから受験勉強も本格化する。それは相手もわかっているはずなのだが、先週から急にしつこく絡むようになってきたらしい。先輩だから無碍にするわけにもいかず、頭を抱えていると言う。 「それは悩むね……。今すぐにアドバイスするのは難しいけど、俺たちも考えてみるよ」 「すみません。ありがとうございます」 「謝らないで。役に立てる……かは分からないけど、君の役に立ちたいなとは皆が思ってるから」  にっこり微笑んでジオは立ち上がり、カウンターへ戻った。  30分後、マイルドはカウンターへ近寄ってきた。 「すみません、アルフさんから頼まれたのですけど」 「ああ、さっきこっちにも連絡がきたよ。もうすぐできるから、もうちょっと待ってもらえる?」  ディーンはそう言って、大きめの保冷バッグを用意した。出来上がっていて重いものから順に詰めていく。 「お待たせしました。気をつけていってらっしゃい」 「はい、いってきます!」  店へ来た時より明るい表情と軽い足取りで去っていくマイルドを、ディーンは優しく見送った。  その日の終業後、バックヤードでのミーティングでジオはマイルドから聞いた事情を共有した。 「なるほどねえ」 「俺もどうすればいいか分からないんだけど、グレンならどうする?」 「え、なんで俺?」 「いやだって、学生の時からそういうの慣れてるだろ」 「いや俺はモテないから。口説くの専門。というか、お前の方が慣れてるだろ!」 「そんなことはないよ」  ジオの返答にグレンは頭を掻きむしった。 「くそぉ! 腹立つぞ! こういうことには鈍感なんだから! 俺の歴代彼女のハートも全員もっていったくせに……!」  小声でイライラしているグレンに首を傾げつつ、ジオはディーンとロンの方を見た。視線を向けられた二人は微妙な表情を浮かべる。ジオは眉を下げた。軽く息を吐いて、ディーンが口を開いた。たぶん軽くかわせるような感じじゃないんだろうけど、と前置きを置いて話し始める。 「まずはアリかどうか置いといて選択肢を洗い出してみる方がいいんじゃないか。たとえば、無視をする、はっきり振る……」 「待って待って。メモ取るから」  ジオは付箋を取り出し、ディーンが出していくアイデアを一つずつ書き留めては机に貼っていく。ロンやグレンもアイデアを出していった。 「さすがチュラ大卒だな!」  そう言ってグレンがディーンの肩をバシバシ叩く。ディーンは面倒くさそうに首を横に振って紅蓮の手を避けた。ディーンはタイの東大と呼ばれるチュラロンコン大学を卒業している。一般企業に就職して数年働いたのち縁あって退魔官になり今に至るのだ。  4人は書き出されたアイデアを眺めた。 「ここから絞るには、もう少し情報が欲しいな。相手はどんな人なんだ?」  ディーンが尋ねると、ジオは言葉に詰まった。 「同じ演技教室の男子大学生、ってところまではわかるんだけど……」 「演技教室が同じなら、アルフに聞いてみてもいいが……」 「お! ナイスアイディア」  ロンの提案に、グレンが指をパチンと鳴らす。ジオは申し訳なさそうにロンの顔色を伺った。 「悪い、聞いておいてもらえるか」 「ああ。様子を見て聞いてみる。俺も気になるし」  ほっとした顔になったジオにロンは目を伏せてふっと笑みを漏らす。パンツのポケットに突っ込んでいたロンの手は、自宅の鍵に触れていた。  同じ頃、ロンの手の中にあるものと同じ鍵は撮影現場のカバンの中にあった。その主、アルフはフラッシュがバシバシと焚かれる中、フラッシュに合わせて次々とポーズを取っている。 「一旦、休憩挟もうか」  ディレクターの一言で、小太りな男性スタッフの一人がアルフへ水の入ったペットボトルを渡す。アルフは礼を言って受け取り、二口ほど飲むとペットボトルをスタッフへ返した。そして、用意されている座席へ腰掛け、カバンから教科書とノートを取り出す。  学生であるアルフは、大学の授業を受ける傍らモデルや俳優として撮影の仕事があったり、演技教室へ通っていたりと大忙し。勉強もおろそかにはできず、撮影の合間に教科書やノートを読み返していたりする。 「あ! マイルドちゃん!」  先程アルフへ水を渡したスタッフが、到着したマイルドへ駆け寄った。マイルドはスタッフへ一言挨拶をすると、すっとアルフの元へ近づきプラスチックのカップに入ったアイスコーヒーと焼き菓子を渡す。 「アルフさん、頼まれてたこれ」 「ありがとう! 助かったよ」 「お安い御用です! 撮影、頑張ってくださいね」  マイルドの笑顔に、アルフも笑顔を返した。その様子を、マイルドへ駆け寄っていった小太りのスタッフは不服げにマイルドとアルフの方を見つめていた。  しばらく談笑したのち、マイルドは他のスタッフへも配るためにアルフの元を離れた。小太りのスタッフはここぞとばかりにマイルドへ近寄り、手伝いを申し出た。  アルフは焼き菓子を一口食んだ。アーモンドの香りが鼻腔をくすぐる。アルフはゆっくりと深呼吸しすると、片手で焼き菓子を頬張りながら勉強を再開する。  しばらくして、休憩終了の合図があった。アルフは立ち上がり、焼き菓子の残り紙を見つめて微笑んだ。薄ら髭で甘く端正な顔立ちをした男を脳裏に浮かべながら。  深夜。撮影と打ち合わせが終わり、マネージャーの車でコンドミニアムの玄関前まで送り届けてもらったアルフは、ロビーで警備員やスタッフに挨拶をしてエレベーターへ向かった。エレベーターへ乗り込む直前、周囲を確認する。このところ、アルフはずっと視線を感じていた。  スタジオ前でファンが出待ちしていることはよくある。基本的に、イベントなどの限られたタイミングで接するファンの方が圧倒的多数ではあるが、中にはどうやってスケジュールを把握するのかスタジオまでやってくる熱心なファンもいる。フードサポートも以前は受け付けていたが、最近、別の事務所のモデルが睡眠薬を混ぜられる事件が起きたこともあって今は受け付けていない。それもあり、このところスタッフが甘いものを欲しがっているのをよく聞いていたのだ。  さすがにスタジオまでならともかく、自宅近辺まで付け回されることはそうない。学校やスタジオの周辺、屋外の撮影場所近辺で視線を感じることはあっても、これまでは自宅近辺で視線を感じることはなかった。もちろん、このコンドミニアムはセキュリティがしっかりしており、警備員も居眠りしているところを見たことはないし、カードキーがなければエレベーターも使えない程の厳重ぶりだ。自室まで上がられることは考えにくい。  プレゼントなども、ぬいぐるみ類は必ずスキャンしてカメラや刃物など金属類が隠されていないかを確認するし、自宅にまで持って帰ることはない。以前、靴に発信器が仕込まれており、撮影のため飛行機へ乗ろうとした際に引っかかったことがあるのだ。以来、アルフの所属事務所ではプレゼントは全て事務所預かりになった。  そこまでしていも視線を感じることに、アルフは少し気味悪さを感じていた。  アルフは自室前に到着すると、鍵を取り出した。シリンダーを回して扉を開ける。部屋の中に入ると、少しだけ息が軽くなった気がした。  西洋とのハーフを思わせる顔立ちをした男は暗い部屋で一人、歯軋りした。  今度はうまくいったと思ったのに。あれは弱過ぎたのか、数日でいなくなってしまった。  まあいい。次はこれだ。  暗闇で男はほくそ笑んだ。視線の先にも暗闇が広がっている。  釣り上がった口角の端がギラリと光った。
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