第4話

1/1

36人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ

第4話

ドアに付いているストッパーを固定して、ドアが閉まらないようにした。 35年余り生きているが、他人の家に無断で入るのは初めてだ。 だから、それが正しいか分からない。 年に何度かは訪れていた家だから、勝手は分かっている。 玄関のたたきで靴を脱いで、廊下と呼ぶには短い、2畳ほどのフローリングの床にあがる。 右手にお手洗い、左手に脱衣室、浴室がある。 正面には、すりガラス入りの引き戸がある。 その向こうはリビングだ。 一応引き戸もノックして開ける。 部屋の真ん中に鎮座するソファに、もたれかかるように地べたに座っていた文さんが、引き戸を開けた俺を、仰ぎ見た。 「ああ、ごめんね。加寿(かず)さんの声は聞こえていたのだけど、なんか立ち上がれなくって」 特に俺の姿に驚いた様子もなく、文さんは、自分の言葉に似つかわしい力の無い声で、俺に言い訳をした。 匂いの割に、部屋の床がきれいだった。 掃除ロボットのせいだろう。 いまは文さんと同様、大人しく、部屋の隅にある。 ソファの前にあるテーブルの上には、マグカップやペットボトルが何個も乗っていた。 食べ物が入っていた形跡のある皿や袋はない。 この1週間、文さんは飲み物しか口にしていないようだ。 文さんは、たかが1週間で、1週間前より明らかに痩せている。
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加