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第5話
文さんに近付くと、葬式を終えて1週間、おそらく風呂に入っていないと分かるほど体臭がした。
ソファの背もたれに喪服が脱ぎ捨てられて、文さんは部屋着を着ているけれど、それを着たのは1週間前だろう。
「俺こそ、ごめん。勝手に入って」
「わたし、鍵を閉め忘れたんだね」
「玄関のドアを開けっ放しにしてあるんだ。閉めてもいいかな」
文さんは小さく頷いた。
どうして俺が開けっ放しにしたのか、文さんはきっと分かっていない。
一度玄関のドアを閉めに行って、リビングに戻り、窓を開けた。
新しい空気が部屋に入ってくる。
深呼吸する振りをして、俺は安堵のため息をついた。
文さんの無事な姿に。
それから手に持った紙袋を見て、サンドウィッチを買ったのは間違っていなかったと思った。
文さんに「キッチンを借りるよ」と断った。
文さんは、ソファにもたれたまま「どうぞ」と言った。
約束なしにこの家を訪れたことは今までなかった。
けれど、普段の文さんなら、突然の来客者に茶を淹れてもてなすくらいのことは、なんなくするはずだった。
そんな気遣いには及ばないどころか、文さんはなぜ俺がこの家を訪れたのか、気にもしていない。
リビングと一体になっているキッチンに入った。
しばらく使っていないのだろうけれど、いや使っていないからか、シンクの排水溝から異臭がする。
とりあえず換気扇を回す。
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