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第1話
シャワーを止めずにいる。
シャワーヘッドから放出される湯は、タイルの壁に当たって、流れ落ちる。
そうして出来るだけ、浴室内を湯気で満たす。
浴室内は湯気によって、視界が悪くなる。
白くぼやけた明るさになる。
しかし、そんな空間でも、人間というのは、ヒトの形を認識できるようになっているらしい。
浴槽の中には、入浴剤で真っ白にした、溢れんばかりの湯に浸かっている文さんがいる。
肩さえ、首さえ見えない、頭だけを湯からのぞかせる文さんを、俺は横目で薄っすらととらえている。
服を着たままの俺は、脱衣室側で、踏み台に腰掛けている。
浴室の扉を少し開けて、文さんの体を見ないようにしながらも、彼女が浴槽の中に沈み込まないよう、見守っているのだ。
---前日---
35歳という若さで、病気で亡くなった親友の葬式が終わって1週間。
親友の妻である文さんと連絡が取れない。
彼女は葬式の喪主だった。
夫の死に打ちひしがれつつも、「心構えがあったから」と言って、その任を無事に務め上げた。
俺はただ葬儀場で、葬式の参列者として、彼女の近くにいるしかなかった。
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