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第31話 無銭飲食する男
店の入り口に着いたところで中から大騒ぎしている声が聞こえてきた。
「だから僕はここの領主だって言ってるだろうっ?!その領主からお金を取ろうっていうのかっ?!」
あ…あれはジルベールの声だ。
「うるさいっ!何が領主だっ!お前なんか知らんっ!いいか?ここの領主はリディア様なんだっ!勝手に領主とか名乗るんじゃないっ!このペテン師めっ!さっさと金を払えっ!無銭飲食する気かっ?!」
あの声はここの食堂のマスターだっ!
「何だってっ?!おかしな事言うんじゃないっ!それより早く縄を解けよっ!!」
た、大変だわっ!何てことっ!
「ちょっと待って下さいっ!!」
私は入り口の扉を開けると店の中に飛び込んだ。見ると床の上には縄で上半身をぐるぐる巻にされたジルベールが座らされている。
…何てお似合いの姿だろう。
「あっ!リディア様っ!丁度よい所に来てくださいましたっ!」
「リディアッ!きっと君なら来てくれると思っていたよっ!」
マスターとジルベールがほぼ同時に声を荒げる。
「マスターッ!一体何があったのですかっ?!」
私は縛られて床に座るジルベールを無視し、マスターに声を掛けた。
「リディアッ!僕が先だろう?!」
ジルベールが喚くも、ここは無視だ。
「聞いてくださいよ。リディア様。実は1時間ほど前にこの男が店にやってきたんですよ。そしてぶどう酒とおつまみにビーフジャーキーとミックスナッツにサラミソーセージ、そしてスモークサーモンを食べたのに金を支払わないのですよっ?!」
マスターがジルベールを指さしながら興奮気味に言う。
「当然だろうっ?!僕はこの辺り一帯の土地を治めている領主なんだぞっ?!君達は領民のくせに領主からお金を取ろうって言うのかっ?!大体、人を指差すなんて失礼な奴だっ!」
「何だとっ?!無銭飲食のペテン師野郎がっ!大体領主を語るなんざ、失礼な奴だっ!」
マスターは顔を真っ赤にして怒っている。
ああ、ジルベールは一体何て事をしてくれたのだろう?!あの時、首に縄をつけてでも養鶏場から出さなければ良かった。そうしたら馬車の外にくくりつけて『カヤ』の村に連れて行き、こんな騒ぎにはならなかったはずなのに…。私が頭を悩ませている間にもジルベールとマスターの口論は激しさを増す。本当にどうして問題ばかり起こすのだ?こっちはまだ昼食も口にしていないと言うのに…。
「早く金を払えっ!」
「誰が払うかっ!僕は領主だっ!」
「なら自警団を呼ぶぞっ!!」
自警団…!その言葉に青くなる。これ以上騒ぎを大きくするわけにはいかない。
「すみませんでしたっ!マスターッ!!」
私は大きな声で謝罪すると頭を下げた。
「え?リディア様?!な、何故貴女が頭を下げるんですか?!」
マスターは驚いて私を見る。
「すみません、その事について少しお話があるので場所を変えませんか?」
「何で僕の前で話さないんだよっ?!」
ジルベールは不満そうに口を尖らせる。何故、場所を変える…?そんな事は簡単だ。今からジルベールには聞かれるわけにはいかない話をするからだ。
「領主様のお願いなら…致し方ありません。その代わり、この男が逃げないように両足を縛らせて頂きますが…宜しいですな?」
「な、何だって?!僕をまた縛り上げるのかっ?!」
「ええ、お任せします」
「リディアッ!何言ってるんだよっ!」
しかし、マスターは屈強な体つきの男だ。彼の腰には何故か縄がくくりつけてある。
マスターは縄を腰から解くと、鮮やかな手付きであっという間に暴れるジルベールの足を縛り上げてしまった―。
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