第5話 私は可愛げの無い女

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第5話 私は可愛げの無い女

「何故私が謝らなければならないのですか?」 「当然だろう?君は僕の恋人を愛人と呼んで侮辱したんだ。おまけに勝手に部屋に入って来るし…謝るのは当然だろう?」 「嫌です」 即答した。 「何だって?」 ジルベールの眉がピクリと上がる。それはそうだろう…ほんの数カ月前の私ならここで逃げ出していただろうから。けれど、私はもう成長した。…と言うか、ジルベールには絶望していた。彼にはもう二度と愛情を求める事はしないだろう。私が彼に求めているのは…。 「ジルベール。私がこの部屋に来たのは、今朝領地へ赴いたときの報告なのだけど…」 すると会話の途中でイザベラが割って入って来た。 「いいから早く出て行ってよ!形だけの妻のくせにっ!」 「…」 この台詞には流石に我慢ならなかった。 「愛人の貴女に言われたくないわ。形だけとは言え、私とジルベールは夫婦関係なのだから」 すると、今度はジルベールが私に言った。 「やめるんだ。リディア。君の口から夫婦関係と言われると鳥肌が立つ。早く出て行ってくれ。あまり彼女を興奮させないでくれないか?大体僕は一度たりとも君を妻と認めたことなどないのだから」 鳥肌…何という言い草だろう。 「分りました…。では今朝の領地訪問の報告は…私が後で書類としてまとめて執務室の机の上に置いておきますので、必ず目を通しておいてくださいね。それではお邪魔致しました」 頭を下げると、私は窓を開け放したまま部屋を出て行った―。 ****    昼食後、私は自室で今朝領地である『ラント』の村へ赴いたときの報告書をまとめていた。 「リディア様、コーヒーをお持ちしました」 ノックの音と共に執事のフレデリックが部屋の中に入って来る。 「ありがとう、フレデリック」 「いいえ、どうぞ」 カチャリと音を立ててソーサーの上に乗ったコーヒーをフレデリックが置いてくれた。 「フフ…良い香りね」 コーヒーの香りを嗅ぎながらカップに口を付けて飲んでいるとフレデリックが声を掛けて来た。 「いかがでしたか?『ラント』の様子は?」 「ええ…。あの村はやっぱり一番土地も悪いので領民達の生活は苦しそうだったわね…水の質も悪いから病気がちな人も多いし…まずは水質の改善から考えなければ駄目ね」 ペンでコツコツ書類を叩きながら言う。 「そちらの本は何ですか?」 フレデリックが傍らに積み上げられた本を指さし、尋ねて来た。 「ええ。これらの本は水質改善のヒントが書かれているの。この屋敷の図書室を探して持ってきたのよ」 「リディア様、そのような雑務なら私に任せて下さい。何も自ら資料探しをされる事はありません」 「そう?ありがとう。さて、それじゃ仕事の続きを始めるわ」 「お手伝い致します」 「それじゃ、そこの空いている椅子とテーブルを使って頂戴」 「はい。有難うございます」 そして私とフレデリックは村の水質を改善させる為の方法を調べ始めた―。 ****  午後3時― この時間なら、恐らくジルベールはサンルームでティータイムを愉しんでいる頃だろう。私は『ラント』の村の現状と、改善点をまとめた資料を持って、部屋を訪れた。 案の定、そこにはジルベールが大好きなジンジャークッキーを食べなが紅茶を飲んでいた。テーブルの上には本が置かれている。恐らくあれは読みかけの小説だろう。 「ジルベール」 資料を抱えながらサンルームに入っていくと、彼は眉をしかめて私を見た。 「何だい…?そんなしかめっ面で…おまけにノックも無しに入って来るなんて失礼だろう?」 しかめっ面?ジルベールの方が余程しかめっ面のくせに? 「…扉は全開だったのよ。それよりも今日、『ラント』へ視察に行った時の報告書だけど…」 資料をテーブルの上に並べると、彼はたちまち不機嫌になった。 「リディア。見て分らないのかい?僕はいまお茶を楽しんでいるんだよ?」 「報告書に目を通しながらでもお茶を飲めるけど?」 「全く可愛げのない女だな…君は」 そんな事、言われなくても分っている。けれどこうなったのは半分はジルベールのせいなのに? 「とにかく報告書を…」 「ああ、分った分った。見ておくから置いて行ってくれ。それにしても…」 「?」 「君のような女は僕がいなくても1人で生きていけるだろうね」 一体どういう意味なのだろう? 「では、失礼致します」 その言葉に多少、ムッとしながらも私は頭を下げると、部屋を出て行った。 そして、その言葉通りにジルベールは翌日…本当に屋敷を出て行ってしまったのである。 屋敷の金庫に入っている現金を全て盗みだし、愛人を連れて―。
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