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XI
「グリモワールの力が……?」
思わず自分の手のひらを凝視してしまう。グリモワールが何の反応も示さないなんて初めての事だった。
「ご主人様、私達の姿も……!』
「アリスティア……!」
そして、グリモワールの力によって変化させていた僕らの姿もいつの間にか元の姿へと戻ってしまっていたのだ。
『あの、ご主人様。なんだか変なんです、私の悪魔の力が全然使えません……』
紅い瞳に困惑の色を浮かべるアリスティアが腕で自身の体を抱き締めた。それはまるで何かに怯える小動物のようで、ガクガクと肩が震えているのがわかる。
「アリスティア、なぜ震えているんだ」
『怖くて……なぜかとても怖くて……。でも、なぜかはわからないんです……!』
一体何にそんなに怯えているのかはわからないが、悪魔だけが感じられる“何か”が迫っていることだけは確かだった。しかし、グリモワールも反応しないしアリスティアの悪魔の力も使えないのではここから抜け出す手段がなくなってしまった。この古井戸は意外と深い。僕の背が執事姿のままだったなら、肩にアリスティアを乗せて手を伸ばせばなんとか手が届いたかもしれなかったが今の子供の背丈ではどうやっても足りないだろう。
……これだから、子供の姿は嫌なんだ。
悪態をついたところで背が伸びるわけじゃない。とにかく今はアリスティアを落ち着かせないと……。そう思い、彼女の震える肩に手を伸ばそうとした時。
「クースクスクス。あら、お邪魔だったかしら?んふ、今の姿が本来の姿みたいね」
聞き覚えのある不快な声が天から影を作って聞こえてきたのだった。
手を引っ込め、アリスティアを背に隠しながら視線を上に向ける。やはりそこにいたのはあの時の男爵令嬢……いや、“青のグリモワール”の持ち主だ。
「これはお前の仕業か?アリスティアはお前に怯えて……」
「クースクスクス。あら心外ね。これでも助けに来てあげたのよ?アイツがあなた達を狙ってるってわかったから教えてあげようと思って……でも、すでに罠にかかってたみたいね」
相変わらず耳障りな笑い声をあげ、僕らを見下ろす“青のグリモワール”の持ち主の笑顔についイライラしていると後ろからアリスティアが僕の手を掴んだ。
『……ちがいます、ご主人様。これは、“青のグリモワール”の持ち主に対するものじゃない。確かに彼女も怖いですが、そんなものを上回る恐怖が湧き上がってくるのです。
“青のグリモワール”の持ち主よ……、お願いします。どうか、ここからご主人様をお助け下さい!』
「なっ……?!何を言ってるんだアリスティア!こんな奴に助けを求めるなんて……っ!」
ぎゅっ。と、僕の手を掴むアリスティアの手に力がこめられた。
『わかっています。ですが、悪魔の本能が告げているんです。ここは危険だと……!』
「アリスティ……」
次の瞬間。アリスティアの背後にある古井戸の側面がグニャリと歪んだ。そして蔓のような触手が伸びてきたかと思うと、アリスティアの体を捕らえ飲み込んでしまったのだ。
「「グリモワールよ、我に従え……!」」
無意識に手を差し出して叫ぶがその手に赤い本が現れることはない。しかし、同時に重なったもう一つの声の後、僕の体は古井戸から飛び出し外へと放り出されていた。
「はぁはぁ……あぶなぁい。やっぱりここで力を使うとごっそり持っていかれるわ。あたしは自分の中に悪魔の魂を取り込んでるからまだ大丈夫だけど……あなたはどうかしら“赤のグリモワール”の持ち主さん?」
「……アリスティアは」
「ーーーーとにかく今は逃げるわよ。アイツが悪魔だけで満足してるうちにね」
「なんでアリスティアを見捨てーーーーぐぅっ?!」
僕の腕を引っ張ろうとする手を振り払い叫んだが、瞬時に頭部を青い背表紙の分厚い本で殴られ僕はそのまま気を失ってしまった。グリモワールの力が使えない僕は、非力な何もできない子供なのだと、思い知らされながら……。
「あぁ、面倒臭い……。でもあの子との約束だし、しょうがないわね」
“青いグリモワール”の持ち主は「クースクスクス」と笑いながら気絶した少年と赤い背表紙の本を抱え、その場から消えていったのだった。
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