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 晟一は翌週、その眼鏡の会社員に、同じ時間の電車で再会した。進まない列にやきもきしながら電車に乗り込み、奥を目指すと、貫通扉の傍に彼が立っていた。 「あ……」  晟一が思わず声を洩らすと、相手も眼鏡の奥の目を見開いた。満員電車では、とにかく位置取りが大切だ。晟一は網棚に素早く鞄を置き、彼の横に立つ。 「こないだはありがとうございました」  彼は晟一の言葉に、柔らかな笑みを口許に浮かべたが、何も言ってくれなかった。おかしな間が空く。そして電車の揺れが小さくなると、彼は吊り革から右手を離し、小指を立てて自分の顎に2度触れた。  え……手話? 晟一はどきっとする。話さへんのやなくって、話されへんのか。彼は眼鏡の奥の目に笑いを浮かべ、戸惑う高校生を見つめる。 「あ、その、すみません、手話はでけへんので……」  会社員がうんうんと頷いてくれるので、晟一はちょっとほっとする。彼は扉に少し凭れながら、スーツのポケットから小さなメモとペンを出した。筆談しようっちゅうこと?  手話を使う人は、耳が聴こえず話せないというイメージがあったが、彼は耳は聴こえている様子だ。  会社員は電車の揺れを逃がしながら、器用に細くて小さなペンを動かす。 (今日は体調は大丈夫ですか?)  白い紙の上に書かれた字は、整っていて見やすかった。 「はい、マシです」 (よかったです。急に暑くなって体がしんどいですね) 「はい……」  何でもない話題だったが、意思疎通の方法が少し違うと新鮮だ。会社員は面倒がらずに、その後も晟一にきちんと応じてくれた。  やがて晟一の降りる駅に着き、会社員に挨拶して、降りる人波に流される。彼はやはり柔らかい笑顔で見送ってくれていた。何となく嬉しく、同時にもうちょっと喋りたかったな、と思った。
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