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その準急の、後ろから3両目の京都寄りの扉から乗ると、眼鏡の会社員に遭遇する確率が高いと晟一は学んだ。
彼はある朝、クーラーが効きすぎた車内で名刺をくれた。大阪寄りの駅の前にある、大きな家電会社に勤めていて、名前は石野宏一。晟一が自分の名を彼のメモに書いた時、一の字が同じですねと笑顔を向けられ、何となくどぎまぎした。
石野は整った顔立ちをしていて、20代半ばのようだが、落ち着いた雰囲気を持つ人だった。電車で一緒になるほんの15分、晟一は石野の小さなペンが美しい字で、彼の語りたいことをゆっくり紡ぎ出すのを観察し、相槌を打ったり話題を継いだりした。片やメモを使い、片やぎこちない敬語で話す2人は、前に座る人にたまに好奇の視線を向けられつつ、テンポの緩い会話を交わす。
満員電車での通学への嫌悪感は、石野のおかげで緩和され、高校でも友人ができ始めた。晟一は彼にお礼が言いたかったが、何をどう言えばいいのかよくわからないし、そんなことを伝える自分を想像するだけで気恥ずかしくて、言えなかった。
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