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夏休みが明けて、久しぶりに石野と電車で会った時、晟一は自分でも可笑しくなるほど、有頂天になった。初めて進学塾なるものの夏期講習を体験したこと、クラスの友達と琵琶湖で泳いだこと、京都のカルチャーセンターで、初歩の手話を学んだこと……聞いて欲しい話が沢山あったし、彼がお盆休みに東京の友人に会いに行くと言って(書いて)いたので、その話も教えて欲しかった。
自分ばっかり話してるわ、と晟一はふと思う。石野は筆談なので、どうしても話の速度が遅くなる。そうや、俺ができるようになったら、もっと手話で話してもろたらええよな。勝手に決めた。石野は変わらない柔らかな微笑を湛えて、お喋りな晟一の顔を見ながら頷いてくれるのだった。
9月も終わりに近づいたある朝、ちょっと暑いのがましになりましたねと言い合ってから、石野は少し躊躇うようにメモに筆を走らせた。
(10月1日づけで転勤することになりました)
「えっ……転勤って……」
晟一は動揺した。それは、10月になったら、もうこの電車に乗らへんってこと……?
(木下君とこの数ヶ月おしゃべりできてほんとに楽しかった)
何言うてんの? 意味わからへん。書きつけられた字を見て、晟一の頭の中がじわりと白濁していった。電車がたてるガタゴトという音も、車内アナウンスも聞こえなくなった。
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