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晟一は高校を卒業すると大阪の私立大学で東洋史を専攻し、手話サークルに入った。4回生の時にサークルで部長を務めたことが面接で好印象を残したのか、就職先は補聴器メーカーに落ち着いた。大きな家電会社の系列で、業績が伸びている企業だ。両親も安心したようだから、第一希望ではなかったものの、晟一は満足していた。
新人研修が終わる頃、大阪支社の広報部長に、親会社の優秀な企画広報セクションの人が就いた。自分には関係のない人事だと晟一は思っていたが、その日はその人の初出勤だということで、いつもと違う空気が社内に流れていた。
「木下くん、ちょっと」
上司である営業課長が晟一を手招きした。
「確か手話できるんやったな? 悪いけど部長についたげてくれへんか」
「え?」
「部長は口が利けへん人なんや、筆談もしはるんやけど」
晟一は新入社員の自分が依頼されたことはもちろん、新部長が聾唖であることにも驚く。早速挨拶に行こうと言われ、緊張しながら応接室に足を運んだ。ある程度の日常会話は学生時代にマスターしたが、手話通訳となるとちょっと自信が無い。
「部長、この子手話できます、各部署の挨拶に連れてったってください」
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