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あ……気持ち悪い……。
晟一は視線を下に落とした。初めての電車通学を始めて1ヶ月半、早くも選択を誤ったと後悔していた。何で、近くの公立にせえへんかった? 仲の良い奴らと離れて、そんなにあの高校に行きたい理由は何やった?
知る人もいない慣れない高校生活に疲れている上に、ここ最近異様に蒸し暑い。すし詰めの電車の中は、汗と脂のような臭いが立ちこめ、晟一の嗅覚を蹂躙する。それを肺に入れたくなくて、呼吸を浅くすると、眩暈がしてきた。
つんつんと右肩をつつかれた。ぼんやりとそちらを見ると、眼鏡をかけたスーツの男が、手振りで何か指示してきた。
「何……」
彼は口を開かない。何やねん。晟一は八つ当たり的に、胸の中で彼に突っかかったが、場所を代わってやろうと言ってくれているのがわかった。その顔には、自分に対する心配が浮かんでいた。
彼は貫通扉の傍に立っている。凭れられたら、少しは楽だ。
「すみません……」
晟一は呟き、周りから嫌な目で見られながら、眼鏡の会社員とごそごそ動く。扉に上半身を預けて、目を閉じて深呼吸した。
人を詰め込むばかりの電車は、晟一の降りる駅で一度中身が入れ替わる。晟一は左に立つ会社員に、小さく礼を言った。彼は柔らかく微笑して、会釈した。世界史の教科書に載っている、古い仏像の写真を思い起こさせる表情は、何故だか印象に残った。
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