さくぶん、さくぶん。

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 まずは、とてもおいしそうな、ふともものお肉をもらうことにしました。こどものわたしの力でも、包丁で切れるかとてもしんぱいだったけど、がんばってみました。  お母さんの、両足の骨がむき出しになりました。びくびくしてて、いっぱい血が出て来てしまうので、テーブルにはたくさんタオルをしいて、テーブルの下にもたくさんタオルをしきつめました。ここで、お母さんがおきてしまいました。口をふさいでいるのに、ちょっとうるさいです。  いそがなくちゃいけないと思って、つぎにおなかを切ってみました。細長い管みたいなものが、もにゅもにゅとたくさん詰まっています。もしかしたら、管の中にはいろいろなものが詰っているかもしれません。中身が出てしまったら、おいしくないと思いました。わたしは、傷つけないように、両手でそのくだを』  そこまで読んだところで、吐き気を催して私は眼を背けた。恐らく、子供の妄想か何かであるはずだ。しかし、もしそうだとしても内容が猟奇的すぎる。自分のお母さんを生きたまま捌いて、殺して、食べた話をさも楽しそうに語るだなんて正気の沙汰とは思えない。  卒業したいもの。そんなお題で、まさかこんなグロテスクでサイコパスなものを読まされる羽目になるとは思ってもみなかった。こんなことを書くような生徒が、自分のクラスにいただろうか。一人称はわたし、になっているからこれは女子が書いたものなのか。いや、作文では自分のことをわたし、と書く男子はいる。断定はできなかった。 ――だ、誰……?こんな気持ち悪いものを、学校の課題で出してくるなんて。  固有名詞がちっとも出てこない。おかげで、この作文の作者が誰なのか特定するのは難しかった。 ――い、いや。消去法でわかるはずよね。作文を提出した生徒と、未提出を自己申告している生徒。合計で、ちゃんと三十二人分になるって回収した時に確認したはずだもの。  私はその作文以外の生徒をチェックしていった。未提出の五人。そして、提出してくれた生徒たちの名前だけ、一人ずつチェックを入れていく。確認済み、で埋まっていく名簿。やがて私は、唖然として手を止めることになるのだ。 「……どういうこと?」  足りてしまっているのだ。  三十二人分、確かに提出と未提出がある。消去法でわかると思ったのに、他の生徒はみんな提出したか未提出の自己申告をしているのだ。あの猟奇的な作文を書いた者が、割り出せない。こんな馬鹿なことがあるだろうか。 ――他のクラスの作文が紛れた?……い、いえ、そんなはずないわ。だって、作文のファイルは今日の一時間目で回収した時人数分しかないことを確認してて、そのあとはずっと私のバッグの中に入ってた。バッグは、ずっと私がほとんど肌身離さず持ってたはずで……。  たとえ、この内容がフィクションだとしても。これを書いた“子供”が割り出せない状況は、正直恐怖を覚えるものだった。  そして私は、ちらりと作文の最後の文を見て震えあがることになるのである。 『わたしは、ぶじ、人間を卒業しました。でも、まだ足らないような気がしています。  作文をていしゅつしたら、こんどはクラスのだれかを食べてみようと思います。』
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