さくぶん、さくぶん。

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 ***  翌日。  想像した通りというべきか、締切をブッチぎった生徒が数名。駆け込みで提出した生徒が、全三十二人中十八名という状況だった。私はむしろ素晴らしい、と拍手したほどである。これでも、三年前に六年生の担任をやった時よりは格段に状況がマシである。あの時は、締切をブッチしたあげく提出日に学校をしれっとズル休みした生徒が数名いたのだ。締切に間に合うように提出した生徒が、全体の三分の二しかいなかった。今回はあの時と比べればずっと提出率がいい。ついでに、提出できなかった生徒たちがみんな自己申告してきた。素直になってくれてそれだけで先生うれしいわ、と涙がちょちょぎれそうになる。  六年生の担任たちは、休み時間も返上して作文のチェックに勤しんでいる状態だった。なんせ、これ以外にもやらなければいけない仕事は山積みになっているのである。少しでも残業(まあ、悲しいことに先生に残業手当なんて素敵なものは出ないわけだが)を減らすためには、可能な限り昼の時間にやれることを済ませておかなければならないのだ。  私も家で作ってきたおにぎり三つをぽんぽんと早々に平らげた後、作文のチェックに走っていた。未提出組は五人。男子三人の女子二人、完全に予想していた面子である。名簿には既に、彼等の提出欄にバッテンがつけられている。まあ、全員公立進学組だし、小学校の内申を気にするようなら締切ブッチなんてしないのだろうが。 「ん?」  提出者の採点をして名簿に数字を書きこみ、感想を書いて――を繰り返していた私は。ふと、一枚の作文に目を止めることになるのだった。  間違いなく、うちのクラスの生徒が提出したものであるはず。なんせ私が今日の一時間目に回収したファイルの中に一緒に入っていたのだから。  にも関わらず、その作文のタイトルには見覚えがなかった。――名前を書き忘れている原稿なんて、回収した時に気づかないはずがないのだが。 ――誰だろ、これ。……この字にも、見覚えがないんだけど……。  子供の字、ではあると思う。読めなくはないが、妙に汚い。  だがそれ以上に気になるのは、タイトルと内容だった。 『人間卒業』  表題は、そのようになっていたのである。 『わたしは、人間を卒業しました。  人間を卒業する方法は、インターネットでしらべました。人間を卒業するためには、人間ではやらないことをしなければいけません。そうして人間ではないことを証明しなければなりません。  そのいちばん大事なことは、人間を食べる事です。  人間を食べる事を、人間はしません。だからわたしは、人間を食べて人間をやめることにしました。人間なんて、つまらないものから卒業するのです。わたしは、もっとすばらしい世界の、新しいいきものになりたいのです。  まず最初にしたことは、お母さんを食べることでした。  わたしのお母さんは、とても太っているので、食べるところがたくさんあります。小学生のわたしに、全て食べきることができるか自信はなかったけれど、食べきれない部分はれいぞうこに入れておけばいいやとかんがえました。  まずぐっすりねむっているお母さんを、テーブルにしばりつけます。  動けないようにしたら、悲鳴があげられないように口もしっかり塞ぎます。音がもれないように、まんがいちの時にげられないようにドアも窓もしっかりと鍵をかけて、ガムテープでふさぎました。
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