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第2話
翌朝。気まずくて顔を合わせられない。美月はそう思った。なぜなら今のふたりは恋仲どころか、家が隣同士のただの幼馴染だからだ。美月は徹底的に耀を避け続ける日々を送った。
うっかり玄関先で会わないよう登校時間をずらし、休み時間も話しかける隙を与えず、学校内でもよく考えて動いた。
「美月、学食行かないって、今日もお告げ?」
「ごめんごめん! 教室でパン食べる! また今度誘って!」
「あの美月が、そういうのを信じるようになるなんてね」
これは学食の方に耀が向かったのが見えたからだ。こんなふうにお告げが占いがと言い訳をして、急に行動を変えたことで友人にはたいへん不審がられた。しかし気持ちの整理がつくまでは、極力顔を合わせずにいたかった。背に腹は変えられない。
しかし、隣家に住む耀は、美月の帰宅を見透かしたかのようなタイミングで外に出てくるように。
「美月、あのさ」
「ごめん、今日は友達と約束してるから。また今度」
呼びかけを軽くかわして玄関に滑り込む。そうして逃げ続けること一週間。
部活を終えた後、帰途についた美月はとうとう耀と校門の前で鉢合わせしてしまった。耀は帰宅部なのに、こんな時間まで何をしてたのだろう。見えなかったフリをして早足でやり過ごそうとした美月を、耀が呼び止めた。
「なあ美月。今、帰り?」
「う、うん」
「一緒に帰らないか」
まだ心の整理がついていないのに、もはやここまでか。観念した美月はうなずいて、ふたり歩きだした。長く伸びた影がしだいに消え、空は茜色から夜の闇へと傾こうとしている。
こんなふうに並んで歩くなんていつぶりのことだろう。耀がかつては恋人だったことを思い出してしまった美月は、手のひらにかく汗を時々拭いながらそわそわと落ち着かない。
会話らしい会話もないまま、小さい頃によく遊んだ公園の前に差し掛かった時、耀は急に足を止めた。
「ちょっと、寄って行かないか」
「ん、いいけど……?」
耀は赤く焼けた空を背に美月をまっすぐに見据えている。記憶の中にある前の姿と重なったのを、美月は必死で打ち消した。
目の前にいるのは間違いなく耀だ。しかし彼が真剣な顔をしている理由、近ごろたびたび呼び止められていた理由も気になる。そろそろテストも近いから、ノートでも写させて欲しいのだろうか?
美月はそんなことを考えながら、耀に続いて車止めのポールをかわし公園に入る。
そこはいわゆる児童公園だが、子供はとっくに家に帰っている時間で、すっかり人影が消えてしまっている。点いたばかりの外灯に浮かび上がる遊具。久しぶりとはいえ馴染みの場所のはずなのに、異世界にでも迷い込んだようだ。
「どこかに座ろうか」
耀にそう言われ、一番近いベンチを視界に入れながらも、美月は反対方向に顔を向ける。
「じ、じゃあ、ブランコにしよう! 座れればいいよね!」
「え? あ、ああ。そうしようか」
無駄に声を張り上げ、美月はブランコに向かって駆ける。これならベンチと違い、顔を近くで見ずに済むと端の台に座る。耀もその隣に。
耀はそのまま暮れた空を見上げ、じっと黙っている。美月はそんな耀を見て、気まずさをごまかすためにブランコを漕ぎ出した。
どっちが高く漕げるか競争しよう……ここでふたり遊んだ時のことを思い出しながら、美月は空に駆け上がっていく。制服のスカートが少々はだけても気にしない。耀に対して恥じらいなどは持っていないからだ。
「なんか、懐かしいね。昔、ふたりして靴飛ばして人に当てちゃって、怒られたことあったっけ」
「そうだな」
大きく前に後ろにと揺れながら思い出を語るも、相変わらず強張った顔のままブランコを所在無げに揺らす耀。
「そういえば、どうしたの? ノートくらいならいつでも写させてあげるけど、お金は貸せないからね」
「違う、そうじゃない!」
思いのほか大声で答えられたことに驚いて、美月は慌てて足でブレーキをかけて止まる。耀は真剣な顔。土煙が微風に流れ、暗がりへと消えていく。
「え、ちょっと。どうしたの?」
うろたえた美月に応えるように、耀はギリとブランコの鎖を握りしめ、大きく深呼吸をする。
「ずっと好きだった。俺と付き合ってほしい」
「え!? ちょっと、やだ。ごめん、無理」
耀の口をついて出たのはまさかの愛の告白。想定外の事態に混乱した美月はブランコから飛び降り、鞄を引っ掴むと逃げるように家路を急いだ。耀がどんな顔をしていたのかは分からない。美月は一切振り返らなかった。
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